No.952 根拠のないささやかな自信も才能?
「ふるさと愉快亭 小朝が参りました」は、1994年(平成6年)4月~1998年(平成10年)3月までNHK総合で放送されたバラエティー番組です。
ある年のこの番組に101歳のご老人(巳年生れ)が出演し、面白い話をしてくれました。
「若い時に読んだ占いの本に、『巳年生れの人は、坊さんか、教師か、米屋になると成功する』とあったので、私は米屋になったんです。」
と言って会場を沸かせました。
その年に、巳年生れの私は41歳でした。田舎教師でありながら、自分がどの道に向いているのか、本当に与えられた天命がこういうことなのか、掴みかねていたと言えると思います。身一つであるがために、体験的に幾つもの仕事を知り得ないわけで、何をもって生涯を貫き通す自信にするのか、悩みがなかったと言えば嘘になります。
「40 歳になったら、人は自分の顔に責任を持たねばならない」
第16 代アメリカ合衆国大統領のエイブラハム・リンカーン(1809年~1865年)は、そんな言葉を残しています。私の場合、「自分の顔に責任を取れ」でなくて、本当に良かったと思います。
「顔」は親から与えられますが、人生によってその顔かたちを変えてゆくことは避けられません。苦労の多かった顔に深く刻まれる皺もあるでしょうし、長年の重責を果たして自信のみなぎるような表情もあるでしょうし、仕事だけにとどまらずボランティアで他人を助け、受け容れ、慈愛に満ちたまなざしもあるでしょう。そうやってでき上がった自分の顔には、責任を持たなければならない。リンカーンは、そう教えているようです。
私は、「不惑」の年を過ぎていながら、大いに惑いながら教師生活を送っていたわけですが、この老人のその一言に、占い以外の何の根拠もないささやかな自信を心の片隅に置くようになったことを覚えています。それも一種の才能でしょうか?
そして、気づけば定年退職まで何とか勤め上げておりました。生徒にも保護者にも親からもらった身体にも恵まれたお陰です。感謝の顔だけは、人一倍の私かもしれません。
さて、米屋と言えば、2017年(平成29年)上半期の連続テレビ小説「ひよっこ」の主人公・谷田部みね子の同級生で、茨城から集団就職で上京し、安部米店で働いた角谷三男のことを思い出します。
この安部米店は、明治から続く日本橋の老舗米店だったそうです。そこの一人娘・米子(自称「さおり」)に気に入られる三男ですが、女優を目指す同級生の助川時子への一途な恋がありました。あの時の噴水広場での三男の振られ方が、とてもカッコ良かったですね!結局、恋心は実らず、イケイケ米子と結ばれました。
さて、三男たちは、1964年(昭和39年)の東京オリンピックの年に高校3年生だったので、1946年(昭和21年)の生まれです。この年は、丙戌(ひのえいぬ)の年に当たり、巳年ではなかったようです。
しかし、江戸っ子気質の義父・善三と、堅実で誠実な三男と、三男にゾッコンの米子は、愛される米屋を営んだことだろうと推測します。
あの印象深いTVドラマ「ひよっこ」の放送から、もう6年が経ちます。時の流れの速さに驚かされています。
※画像は、クリエイター・ふがし| UIデザイン / イラストさんの、タイトル「最近食べたもの / イラスト」をかたじけなくしました。御飯の豊かなバリエーションに「ほ」です。