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No.951 心の鐘

その昔、「素人のど自慢」を観ていた時のことです。
70代と思われたお婆ちゃんが、孫娘ほどの歌手の曲に挑戦しました。鐘は一つきりでしたが、会場から盛んな拍手が送られました。
 
司会者からの
「お婆ちゃん、若い人の歌がお好きですか?」
との問いかけに、
「ボケ防止のために、知らない歌を覚えて歌いました!」
と答えました。小さな処世術に、心が宿っています。練習するうち、知らない若者の歌に、ゾッコン惚れ込みもしたことだろうと思います。
 
私も歌うことは好きです。在職の頃は、先輩教員にネオン瞬く居酒屋に連れて行ってもらい、昔若かりしママに乗せられて、マイクは不要、地声で隣近所の飲み屋の糠味噌を腐らせたクチです。歌は、もちろん演歌がよく、浪花節のような人生に、音も歌詞もストンとおさまってしまうのです。
 
しかし、ややもすれば思い出話に花を咲かせたり、カラオケで懐メロに打ち興じたりと、新しいことに挑戦せぬまま今に至っている、そんな自分に気づかされました。
 
このお婆ちゃんのように、小さなこと、ささやかなことでも、自分に意識的に刺激を与えるような積極的な生き方ではなかったように思います。いつの間にか、事なかれ主義の、保身の立場でしか言動していない、そんな自分ではなかったかと思うと、お婆ちゃんの笑顔のようにはなれませんでした。
 
「なってみりゃ あの年よりは 偉かった」
(神奈川県 61歳 男性)
2002年(平成14年)2月8日に発表された「第1回シルバー川柳」(全国有料老人ホーム協会主催)の入選作です。私は、今年70歳になりましたが、ますます、この作品の句意と重みを実感している次第です。私の心のチューブラーベルも、今はまだ一つのようです。