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No.563 三十一文字に籠められた思いの数々

「夢を追う君の姿が輝いてかかとつぶしたくつはき直す」
この歌は、「第20回 現代学生百人一首」(東洋大学主催、2006年)の入選作品で、当時、埼玉県立杉戸農業高等学校の2年生だった西村沙織さんの歌です。応募総数6万首あまりから選ばれた入選100首(入選率0,17%)のうちの一首ですが、女生徒のハッとするような気づきが素直に伝わってきます。私には、彼女の気づきも輝いているように思われます。一生懸命に夢を追いかける人も姿も、なんと美しいことでしょう。
 
県高校体育大会は、6月初旬の頃に北九州大会や全国高校総合体育大会(インターハイ)出場を賭けて行われる前哨戦のような大会です。私が在職中も、クラスの子どもたちが一心に夢を抱いて臨んだ大会です。
 
「青春のなみだ口惜しく脱衣所のはだかの群れに刺さる陽の雨」
は、福島泰樹が早稲田大学短歌会に入会して3年目の頃の作品の一つだそうです。試合に負けた若者たちのむせ返るような脱衣所での汗と涙が、「刺さる陽の雨」でいっそう強調されています。痛みを伴う悲しみは悔し涙となり、激闘を物語るように溢れる汗は、言いようのない無念さとなってまとわりついていることでしょう。疲れ切った体は錘のようで、動く気力も失っているのかもしれません。
 
私が大学の学生の頃に知り合った、英語の専門学校に通う男性がいました。下宿で話し込んでいる時に、ありがちな「恋バナ」になりました。その彼は、こんな話をしてくれました。
 「好きになった子がいるんです。英会話のLL教室で、先生が『あなたが、なりたいものは、何ですか』と聞いたんです。その女生徒は「perspiration(汗)になりたい。」って言ったんですよ。『えっ?』と先生が言うと『一生懸命になっている人の顔にしか流れない、美しい汗になりたいんです。』と言ったんです。感激して彼女を恋してしまいました。」
 
何かに打ち込む汗は、頑張っている証です。その美しさは、私が時々流す「冷や汗」とは、えらい違いです。先の高校生の歌も、歌人となった大学生の歌も、そこに「汗」があるから情熱の体温も、痛々しいほどの悲しみも伝わってきたのかもしれません。そんな人々に宿る汗になりたいと言った女子学生の人となりが想像されてくるのでした。
 
 さて、前述の2006年(平成18年)「現代学生百人一首」の入選作には、次の一首もありました。
 「戦争の終わりの証は何ですかイラクの瓦礫に立つ子どもたち」
(茨城県立下館第一高等学校2年 坂入一生)