誹謗中傷と批判は別のものである

 詳しい発端については彼女自身がnote記事を作成しているのでそちらを参照いただきたい。URLについてはこちらに貼付するのがなんかイヤなために控えさせてもらう。

 またこの記事には特定の人間を誹謗中傷する意図はない。

 昨年のことである。わたしのもとに彼女が炎上した旨を綴ったnote記事がRTで回ってきた。知っている方も多いかもしれない。わたしがインターネットあばれおばさんとして今現在に至るまで話題にしているその問題は、とある作品の2.5次元、ようするに舞台やミュージカルの出演者(俗にいう半ナマ)とその役者が演じたキャラクターのBL的妄想に関する内容をツイートしたところ、匿名ツールを使って「鍵にしてほしい」というお願いのようなものが届いたのだそうだ。実在の人間が関与するものであるから、慎重に取り扱ってほしい、Aさん(彼女のこととする)の作品が好きだから。というような内容だった。それに関してAさんは大層怒りを覚えたようで、お世辞にも丁寧とは言い難い返信をしたようだ。

 そしてその結果、燃えてしまった。以上がAさんのnoteの内容をざっくりと掬い上げた内容である。彼女のnoteはボリュームが多く、彼女の好きな作品のキャラクターの話などもたくさん書かれているため、Aさんの推し話を読みたいならばぜひnote本文を読んでみることをおすすめする。

 Aさんの話によると、Aさんには誹謗中傷が届き、既婚者である彼女の夫や友人に対しても悪質なデマのようなものが流されていた――らしい。当時の空気をわたしは知らないが、当時を知る人曰く「バカ」とか「〇ね」とか「頭おかしい」とかは見かけたようだ。

 誹謗中傷とはよくないことである。悪しきものと断言してもよい。それらに対してAさんは弁護士事務所と連携し、対処を行っていくことに決めた。英断である。誹謗中傷はどんな人間にだって許されていないのだから。

 Aさんの好きなキャラクター(Bとする)を演じた俳優が、作品とは無関係なイベントにて「Bは奥さんのようなイメージ」と語った。Aさんが好きなカップリングは、C×Bであり、Bが奥さんのようなイメージと語られたことを知ったAさんは大層喜んだようだ。解釈が一致したと。しかしながら問題があり、かの俳優は別に「Cの妻」とは言っていないのである。ようするになんの解釈も一致していないのだが、妄想の余地があるため、それは個人の価値観によるものだろう。

 そもそもその作品は男性キャラクターが刀の付喪神として擬人化するブラウザゲームではあるものの、内容はBLではない。キスもセックスもしなければ、お互いに恋情を抱いているとか、そういう描写は一切ない。プレイヤーは彼らの主となり、出陣先で敵と戦う――そういうゲームだ。つまりその作品においてC×BはもちろんすべてのBLカップリングは妄想であり、作品がBLでない以上「妻のようなイメージ」というだけで別に妻でもなんでもないのである。また、作品に関係ないイベントで俳優が語ったことであるため公式がこう演じろと言われた可能性もほぼない。あくまでも俳優の演技のイメージとして「古き良き奥さんのような」と言っただけなのである。ちなみにAさんはそのイベントにいっておらず、どうも人づてに聞いたようだ。

 いわゆるナマモノ・半ナマに関して、その界隈では「デリケートな問題だから伏せましょう」「本人の目に触れないように活動しましょう」という昔からのマナーがある。Aさんのツイート内容がそれに抵触しているおそれがあり、ゆえにそのような匿名ツールを使用しての「鍵」のお願いが届いた。それに迎合せず、そのユーザーに対して礼を欠いた返答をしたことが広まり燃えてしまったのだが、彼女とはまったく別の人間が彼女の炎上に対して「2.5はキャラであってナマじゃない」とか「BL妄想を隠せとはセクシャルマイノリティへの差別だ」とか「ネットリンチだ」とか「Aさんの表現の自由をただのオタク連中が奪う権利などない」とかよくわからない思想のユーザーが増えてしまった。彼らあるいは彼女らはそう呼ばれることを否定しているが、わたしは擁護派と便宜的に呼んでいる。何人かは彼女の知人や友人と呼べるような人間であるが、無関係そうな(相互関係にない)人間が寄ってたかって燃料を投下(意図したわけではないかもしれない)してしまう事態に発展したのである。

 まず、「2.5はキャラであってナマじゃない」であるが半ナマというカテゴリには入ってしまう。なんでもネットに頼ることはよくないが、検索してみるとナマだろうが半ナマだろうがする配慮は同じようなものである。ちなみについ最近「半ナマなんてものは存在しねーよと思っている」というようなユーザーが流れてきたが「思っているだけ」で実際にそうカテゴライズされたものは存在してしまっている。ただしそう思うのは自由なことであるので、とがめるつもりはさらさらない。実在の人間の発言を使用するなら「これはBであって俳優ではない」は通らない。まして作品とは無関係のイベントでの発言である。「俳優はそういうことを妄想されるのを覚悟してやっている。そうじゃなきゃ俳優なんてできない」というような発言があったが覚悟しているからってやっていいことにはならないだろう。むしろそういう思いをさせたくないと思うのが一般的なファン思考なのではないだろうか。

次に「BL妄想は隠せ=セクマイ差別だ」である。BLとゲイセクシャルを混同してしまったのか、あるいは単に区別をつけていないのかは不明であるがこれによりLGBT界隈の人間に飛び火した。全く関係ないのに飛び火してしまったのである。わたしのフォロワーにもこれのせいでサブ垢をとったセクマイ関連の人間が複数いる。その人のセクシャリティにかかわらず、ゲイだろうがヘテロだろうがパンだろうが、他人が相手のセクシャリティにみだりに踏み込むこと自体が問題なのであって、嗜好品としてのBLと現実のセクシャリティのひとつであるゲイセクシャルはまったく異なる。BLだから隠せと言っているわけではなく、あくまでも意図しない相手(性別・セクシャリティ不問)とくっつける妄想を本人が見えるところで垂れ流すことが問題なのである。これはたとえ話だが、これを読んでくれているみなさんが、職場の好きでもない異性との恋愛事情を妄想されて、職場の人間に聞こえるところで話されているのを想像していただきたい。セクシャリティ関係なく普通に嫌ではないだろうか?そういうことである。

 そして「ネットリンチ」である。これを旗として批判する側をとがめる支持者は複数いる。そこにはかつて無辜のユーザーに粘着しており、5ちゃんねるで専用スレッドを持つような人物も含まれているが、いったい何の冗談なのだろうか。しかし何をするにも迷惑をかけていないなら各々の自由である。

 では、ネットリンチとはいったいどのようなものなのだろうか?

 ネットリンチというのは、インターネット上で起こるいじめのことである。例えば、誹謗中傷(Aさんに向けられた誹り)、個人情報を晒上げたり、拡散する行為、それからなりすましなどがある。広い目で見れば炎上もこの中に入るが、基本的に炎上というのは何の罪もない人間が意図的に燃やされることはほとんどない。有名なスマイリーキクチ事件は、スマイリーキクチ氏に対して事実無根のデマを流したために起こった事件である。戦後日本でも指折りの陰惨な少年犯罪(当時少年だったゆえに事実上甘い判決が下った)のメンバーの一人である、というような書き込みを、連日インターネットで複数の人間が2ちゃんねる、あるいは所属プロダクションの掲示板などに書き込み続けた。

 「なんだよ、意図的に燃やすことができるんじゃねえか」と思ったかもしれない。これはスマイリーキクチ氏が足立区出身であること、その陰惨な事件が足立区某所で起こったことに起因するものである。スマイリーキクチ氏は関係性を否定しているが、それでも悪質な誹謗中傷はやまず、ついにスマイリーキクチ氏は警察へ相談する事態となった。それ以外にデマを書かれた著書にまつわる訴訟問題等、彼をとりまくいくつもの問題があったのだが割愛する。Aさんが炎上した件とは似ても似つかない。なぜならAさんは自分で「自分はこういう返信を匿名ツールで行った」と言っているのである。それが物議をかもしている以上、今回の炎上はAさん側にまったく責任がないとは言えないのではないだろうか。そもそも発言には責任が伴うものである。自分の行った発言の管理義務はほかならぬ自分にあるのだ。

 で、現在まで続いている炎上であるが、実はもうAさんに対して誹謗中傷はほとんどない。中にはわたしをブロックしている人間がいたり、鍵アカウントでしている人間がいるのかもしれない。けれど少なくとも「見える範囲」で行われている誹謗中傷はないのである。あるのは彼女が「お茶会」と称して一人の人間を知人と一緒に囲み長時間にわたってカフェから帰さなかったこと、彼女の開いた座談会をキャンセルした人間へキャンセル費用を払ってもらいたいが、口座も現金書留も送金ツールも彼女が拒否し、「当日対面で払ってほしい」というお願いをしたことだ。その後もDMでやりとりをしていたらしい。これに対してキャンセルした人は警察に相談し、「支払い義務はないもの」と回答を得ている。それに対して彼女が有料noteでDMを公開、踏み倒されたとタイトルを付けた。ちなみにキャンセルした人は「支払いの意思はあるが正当な代理人からしか受け付けない」とのことである。つまり支払う意思はあるし、踏み倒してなどいないのである。それ以外にもくだんの座談会において流された版権曲、チケットの模倣、事業ではないハズなのに税込をうたっていたことなどが問題視されており、彼女の言動や行動が問題視され、それに伴う批判が大多数を占めているのである。

 ではこれは誹謗中傷にあたるのだろうか?

 辞書によると誹謗中傷とは「他人を激しくののしること」とある。

 批判とは「人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること」や「物事に検討を加えて、判定・評価すること」とある。

 誹謗中傷という言葉が徹底的にマイナスなものであることに比べ、批判という言葉は必ずしもマイナスな(いわば否定的な)ものではないことがうかがえる。つまり何が言いたいかというと「批判と誹謗中傷は全然全く別のもの」なのである。

 これはネットリンチだ、いじめと一緒だという意見を持つ方と会話したことがある。曰く「1対多くの批判者」の図がまさしくネットリンチなのだというのである。それはおかしい、いったいいつから「リンチ」や「いじめ」は数の問題になったのであろうか。Aさんに向けられる批判が少なければいじめにならないし、多ければいじめになるという論理展開は甚だ疑問である。一人でもいじめたものがいればいじめになるし、リンチという言葉は「私刑」をさすものであり人数なんか特に関係ないのである。単体でも集団でも私刑ならばリンチである。とはいえリンチという言葉には集団暴行というイメージがついていることは事実だ。けれど実際は個人で行われる私刑において使われても問題はないものである。

 批判は自由に行われるべきものである。ほかにも同じことをたくさん言っている人がいるから自分は黙らなくてはならないなどという法律はないのだ。

 最後に「表現の自由の侵害」である。これを盾にAさんの権利を侵害するなと言ってきた人もいた。その方は「侵害しているかどうかは俳優本人しか決められないのだからだまっていろ」「何かあったら俳優が訴訟するはずだ」という姿勢でわたしと会話をした。

 表現の自由とは、他者の権利を侵害しないことが前提の自由である。つまり、何も言われていないから侵害していないとは言い切れないものである。それは要するに禁止されてからやめればいいと言っているようなものだ。わたしは賛成できない。禁止されないために、不用意に目に触れないために隠れてきているのにどういうつもりなのだろうか。しかし意見は自由であるので、その意見をもっていても何の問題もない。

 訴訟というのは時間もお金も、労力もかかるものである。俳優が時間をつぶして、お金をかけて、疲れてまで訴訟を起こさなければならなくなる事態は、一般的にファンならば忌避したいことであるが、とにかく自分のやりたいことを止められたくないならそうなってしまうのだろうか。わたしにはわからない。けれどその意見もまたあっていいものだ。

 先日AさんがBを演じた俳優のイベントに出かけたそうだ。今の自分の状態を綴った手紙を持ち、その後読んでもらって励ましてもらったとのことである。優しい方なのだなと思った。俳優本人からは「気にしないよ」と言われたらしい。営業の場で客に悪い印象を持たせられない状況だから、とかほとんど話せる時間もないのに、とかキャラだから俳優関係ないって話はどこいったとか、周囲の評判はいろいろだ。 中には俳優に対してすこしもやっとした人なんかもいた。

 しかしそこで見過ごせない点がある。Aさんが俳優に会いに行ったことを許しがたいものとして発言している人がいたことだ。それは別にAさんの自由であるはずだ。Aさんが写真集か何かを購入し、俳優のイベントで会いに行くこと自体は自由なのである。そこで何か迷惑行為をするなら別だが、会いに行く自由までは奪ってはいけない。同じようにお金を出し、同じように会いに行く以上そこは公平でなければならないからである。

 現在AさんはCFで資金を募っている。訴訟費用の補填か、もしくはまた別の用途があるのか、わたしにはわからないが、Aさんを応援したい人は余裕があったら援助してみることをおすすめする。オールイン方式という、目標に達さずともAさんたちのもとへ資金が入る方式となっている。愛らしい猫の写真などのリターンがあるようだ。わたしが援助するかどうかは、また別の話であるが。


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