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私は何者か、398


あなたの書くものが少しずつ変わってきているようで、嬉しい。

あなたのシャイなところがあなた自身を隠したり、かえって、見せてしまったり、そのことにあなたが気づいていない。それがまた、あなたらしくていい。

世間ではよく、人は変えることができないから、自身が変わりなさい。などと、一見有効そうな、けれど、意味不明なことが囁かれているが、その通りだとしても、人を変えるほどあなたが変わればいいわけで、あながち、ひとに変わってほしいと願うことがいけないこととは言い切れないのではないかと。

渦中に身を置く。

モスコーストロームでなくとも、鳴門の渦潮でなくとも、バスタブのお湯の行方、溶けた氷のその最期。

サナダムシのように頭にカギでもあるが如くどこかにひっかかっていたいなど、彼らはそんなふうに思うのだろう。が、そうではないだろ。教えて欲しいし、諭されたい、叱られたいし、そして、愛されたいのである。

長く。ある程度ではあるが、長く生きて、思うこと。己を愛することこそ、すべての近道。というか、すべての道は、私につづく。のである。ローマよゴメン。


七月のましろき衣カエサル死す


過去は戦いに明け暮れ。
また、今も、戦いはつづく。


放念ください。


失火し、妻を失い、ひとりの老翁の手紙には、人生のすべてが込められていた。


放念ください。



わたくしにも言えるか、言えるのか。


覚悟とは、


迷いを去り、道理を悟ること。


できるのか。



わたしは何者か。



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