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メッセージ 第2回「今、主の祈りを」(前自由学園最高学部長ブログ)

 教会に行くのも気の向いた時です。確固たるキリスト教信仰があるわけではありません。お地蔵様の前を通れば手を合わせ、氏神様には初詣に行きます。お盆には父や母のことを思います。原稿の依頼が来た時、これは場違いだ、不謹慎かもしれない。書くべきかどうか迷いました。しかし、今の気持ちを自分なりに記しておくことは大切なことのようにも思いました。
 今年の夏は、例年以上に、学生時代から続く、キリスト教信仰への思いを強く感じます。以下は、その不安な思いを『信徒の友』8月号(日本キリスト教団出版局 2022年)に記したものです。

「今、主の祈りを」
 私は1944年の生まれですからもうすぐ78歳です。
 大学では、キリスト教青年会(学Y)に所属しました。1960年代の後半です。大学闘争、ベトナム戦争反対、三里塚闘争、ほぼそれと同時期に洗礼を受けました。不安と混沌の中で私は「主の祈り」に向きあいました。
「「祈りは、私とキリスト」なのか「キリストと私なのか」」
「呼びかけているのか、呼びかけられているのか」
「君は自分に語りかけているだけだ。自分に向かって祈っているのだ。「主の祈り」は心落ち着かせるための祈りではないのだ」
「誤った信仰は、信仰を知らないことより大きな罪だ」
「『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と呼びかける声が君には聞こえないのか。」
「回心を奇跡と呼ぶことは間違っている。回心とは偶然ではなく必然だ」
 学Yでは、毎日のようにそんな会話が繰り返され、一方で社会の動向への懐疑と抵抗が空気を支配していました。
<天にまします我らの父よ、願わくはみ名をあがめさえたまえ、み国を来らせたまえ>
「み名を呼ぶとは、既に出会っているのだ。」
「み名をあがめさえたまえ」とは、如何なることか。
 冒頭で、私はつまずき、自分の言葉を探そうとあがきました。
エゼキエル書と向き合ったことを忘れてはいません。36章23節「わたしは、お前たちが国々で汚したため、彼らの間で汚されたわが大いなる名を聖なるものとする。」(36・23)は難解でした。
『エゼキエル書』に向き合うことは苦痛でした。「み国」とはどこにあるのか。われわれが汚している国は何処に行こうとしているのか。聖書は壁でした。懐疑の日々は、徒労との隣りあわせでした。
「いのり」とは究極の孤独な行為ではないか。洗礼を受けるとは、神と一人向き合うことなのだ。そんな思いがかけめぐっていました。
「主の祈り」は、目の上のたんこぶのような大きなつまずきでした。心に引っかき傷を負わせながら、走り去っていくような感じを、「主の祈り」は私に与えました。
 中学・高校・大学の教員生活を50年以上続けましたが、学生時代に受けた体験はキリスト者としての不安の根源でした。
 最近そのかさぶたが剝がれていくような気がします。眠っていた不安が目を覚ますのです。
 邂逅への感謝が天の父からの声に呼応し、混濁そして暗闇、あらゆるものが、具象化して私の前に現れます。み手の愛が、「主の祈り」と共にあった私の物語を包摂し、理想に立ち向かう勇気を失いつつある私を鼓舞します。
「主の祈り」で繰り返される懇願の文列をはさむ力強さに私は瞠目して最後の祈りを発語します。
<国とちからと栄えとは、限りなく汝のものなればなり。>
これは天の父との契約を求める力強い断定です。通例的な頌栄と取ることは出来ません。主の祈りが求めるのは放棄です。国・力・栄えは、私物ではありません。共有された「天にまします我らの父」のものです。戦争放棄、非戦の決断です。主の祈りは、キリスト者として、今もなお不安の中にある私への切迫した神の意志です。
 発語の向こうで思いが起こされるのは、北海道札幌で農民と共に伝道に従事した浅見仙作(1868-1952)です。彼は激しい回心の経験者であり、内村鑑三の影響を受けた非戦論者であり、矢内原忠雄がもっとも敬愛した人物です。1937年の伝道紙『喜の音』の中で繰り返し取り上げられた聖句は、
「主は国々の争いを裁き。多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げずもはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」(イザヤ書2・4~5)です。
 ここで主張しているのは、当時の愛国心への批判、平和を求める民が共に悔い改めなければない信仰のあり方です。
 浅見仙作が、治安維持法違反で検挙され、札幌地方裁判所で実刑判決を受けたのは1944年、77歳の時です。留置所は零下16度、コンクリートの壁の中でした。
 戦後の新憲法下1952年正月元旦、仙作は矢内原忠雄宛の年賀状に「願くは新憲法が逆転せざらんことを切に祈る 八十五翁誌」と記しています。

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