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祖母と話して。

「あなたと話すのもこれが最後かもしれないからね」

祖母は、いや、おばあちゃんは穏やかな目をしながら僕にそう語りかけた。


祖母の住む隣駅へ仕事で外出することになり、急ではあったが一緒に住むおばさんに連絡をすると、寄っても良いと返事が来た。

夕方、仕事を済ませ手土産を探す。祖母に向けてと、おばさん夫婦へ。駅ビルの入口にはバレンタインのショーケースが並ぶが、今の僕には無縁な話だった。

いくつか店を回り、祖母には水で育てる球根の花を買った。チューリップとムスカリとヒヤシンス。おばさん夫婦には小さなアップルパイを二つ買って行った。

最寄駅に着き、バスを探す。いつもならバスで10分程のルートだが、まだ予定よりも早いので歩いて行くことにした。

うる覚えの道を歩いて行く。半年から一年に一回しか来ない場所。気付けば駅は綺麗になり、施設が増え、街並みが少し変わっている。見慣れない風景に驚きとどこか寂しさを感じながら歩いていたら、見事に道に迷った。
そういえば、高校の時も練習試合のついでに寄っていた。それから10年以上の時間が流れていた。
訳も分からない道を歩いて行く。スマホが示す地図を頼りに進むと見覚えのある神社が現れた。ここからは余裕だ。一歩ずつ夕焼けを見ながら前に進む。見慣れたバス停を通り過ぎ、僕は家に辿り着いた。

ベルを鳴らすとおばちゃんが出迎えてくれた。おじちゃんは風呂に入っていたので、ドア越しに挨拶をする。
おばあちゃんは部屋で横になっていたようだ。僕が来たことを知りゆっくりと部屋から出ると「いらっしゃい」と声をかけてくれた。

コートとジャケットを脱ぎ、おばあちゃんと向き合って食卓に座る。

眠たかったのか、おばあちゃんは少し小さく見えた。

夕飯を食べながら、少しずつ話をする。
買ってきた花を見ながら、どこで買ったとか、何の花だとか。
僕の駅からの道のりを話して、どこに何があったとか。

「お花買うなんて珍しいのね」
「料理もするの、えらいじゃない」
そんな会話だ。

おばあちゃんは、綺麗な緑の花柄の服を着ていた。整った白髪がとても綺麗だ。90歳を超えているが、意識もはっきりしているし、話も普通にできる。

歩くのがもうあまりできなくて、部屋とトイレの移動くらい。ほとんど家にいるようだった。そんなでも、週末は車椅子でどこかに連れて行ってもらったり、ショートステイで外に出ているらしい。

「ショートステイも私にとっては旅行みたいなものよね」
そう言って笑っていた。

ご飯を食べ、話しながら、テレビを見て、なんとなく時間が過ぎていく。1時間ほど経つと、座っているのが疲れるのか、おばあちゃんは一度部屋に戻って横になった。

おばあちゃんはそれから、もう一度顔を見せてくれた。

「今日はもう寝るわね。また今度ね」
そう言って笑って、また部屋へ戻って行った。

それから、残りの時間をおじさん、おばさんと話し、バスの時間を確かめる。明日も仕事だ。あまり遅くまでいるのも迷惑なので、20時過ぎに「ごちそうさま」を告げて、お別れした。

最寄りのバス停まで歩いていく。
小さい頃はとてつもなく長い距離に思えていたのに、今は5分ほどで着いてしまう。

バスが来るまで、少し時間があった。ベンチに座って、バスが来る方向を見つめる。なんだか、少し涙が出てきた。

バスに乗る。スマホを見ずに窓の外を眺めてしまう。曇っていてほとんど見れないのに。

駅に着く。電車に乗る。ドアが閉まり、電車が動き出すと、おばあちゃんの駅が少しずつ遠のいていく。今度ここに来るのはいつなんだろう。

あまり外に出られないおばあちゃんへ、これから育ち花が開く球根を贈った。暖かくなって、綺麗な花が咲きますように。その花を見て、喜んでくれますように。

たくさんの花を、これからも見せられますように。

いただいたサポートは取材や今後の作品のために使いたいと思います。あと、フラペチーノが飲みたいです。