11/24のこと

主催ライブを1週間後に控え、準備で大わらわだった10月19日、譫言のツイッターアカウント宛てに1通のDMが届いた。

胡蝶ノ梦というバンドのアカウントからで、企画ライブをやるから出てくれないかという。譫言のMV『タイムライン』を見て気に入ってくれた旨などが、とても17歳(ご本人のアカウントにそう書いてあった)とは思えないしっかりとした礼儀正しい文章で記されていた。

僕らは驚き、歓喜した。何せ1月の初ライブ以降、9ヶ月にわたってライブ出演がなかったバンドである。それが、たった1曲MVをアップしただけで、出演のオファーをいただけるなんて。

ただちにメンバーで連絡を取り合った。迷いはなかった。その日のうちに、出演承諾の返事をした。主催ライブのあとで、年内にもう1本ライブが決まったことがとてもうれしかった。しかも、初ライブと主催ライブはどうしても身内感のあるイベントだったが、今回は完全に初対面の出演者たちとともにイベントを作り上げることになる。バンド中心のイベントということで、ようやく純粋なバンド好きの客層に聴いてもらえそうなのもありがたかった。

主催ライブを経て反省を踏まえ、今回のライブ出演にあたってはいくつかの変化があった。吉住はメトロノームを新調し、明利さんにはイヤホンでテンポを確認してもらえる環境を整えた。また、これまでスタジオでの疲労が本番に残ることを嫌って、ライブ前日には練習を入れないようにしていたのだが、それでうまくいかなかったので今回は前日にスタジオ練習を入れた。

白状すると、僕は本番2日前にしっかり酒を飲み、前日の練習後も酒をそこそこ飲んだ。これまでは喉を大事にしすぎてかえって強張ってしまった感覚があったので、普段どおり過ごすことにしたのだ。幸い、前日の練習でも声に問題はまったくなかった。練習後、僕らは酒を飲みながら、あまりに気合いが入りすぎていた前回の主催ライブと違って、リラックスした時間を過ごした。ほかの出演者がとても若い女性ばかりであるらしいことを知り、「三十代のおっさんの僕らが緊張でガチガチになってたらクソダサい」なんて冗談を言える余裕すらあった。楽しみだ、との思いが高まるのを感じつつ、その日は帰った。

そうしていよいよ、胡蝶ノ梦自主企画『セイブツロン』本番当日を迎えた。

町田に集合して、リハ前に一時間、スタジオに入ることになった。ここでも僕は温存と称して手を抜いたりせず、しっかり歌った。声はよく出た。実は行きの電車の中でひとり、なぜか緊張が急激に高まるのを感じていたのだが、ちゃんと声が出ることを確認できてかなり安心した。鏡に映る自分の姿を見て、持ってきた衣装ではなく着てきたシャツでステージに立とうと決めた。

予定よりかなり早く町田The Play Houseに到着すると、胡蝶ノ梦のメンバーが迎えてくれた。あらためて若いな、と感じた。楽屋にいても元気いっぱいである。自分たちが若いとき、ライブ前にこの元気はなかったな、と思い出したりもした。

リハはセッティングに時間がかかりすぎたことが課題となった。曲の演奏でチェックする段階で残り10分を切っていた。それでもリハが無事に終了したのは、スタッフの皆さんが素晴らしかったからである。ここでも歌いにくさはなかった。とてもいい音響だ、と感じた。

そのあとガストで遅めの昼食をとり、ライブハウスに戻ると程なく顔合わせが始まった。スタッフもそろうちゃんとしたもので、こういうこともあるんだ、と新鮮だった。みんなでイベントを作り上げるんだ、という意気が高まった。なお吉住は大事な顔合わせのときにいなかった。どうしてうちのメンバーはいつもすぐいなくなるのか。

本番まではリラックスを超えて暇な時間を過ごした。僕と吉住は眠いなと言い合い、明利さんはいつものようにビールを飲み始めた。雑談の中で、明利さんが前乗り後泊しようとしていた、という話になった。前乗りは結局あきらめたらしいが、僕もしだいにライブを終えたあとで帰るのを億劫に感じてきた。調べてみると、駅からすぐ近くのホテルに5000円で泊まれるらしい。僕はホテルを予約した。明利さんもゲストハウスを押さえた。仕事があるので帰らなければならない吉住は、そんな僕らを恨めしそうに見ていた。

18時になり、開演。トップバッターは樹菜里さんの弾き語り。MCの中ではたちという話が出たのだが、とにかくギターがうまく、いつもの3倍だか5倍だかしているという緊張を微塵も感じさせない堂々たる演奏だった。声も曲もご本人の醸し出す雰囲気もかわいらしく、なのにしゃべり出すと意外と毒を吐くといったギャップもおもしろかった。ステージングにはいい意味での慣れを感じさせ、大いに楽しませていただいた。

2番目はスリーピース・ガールズバンドのカマラ。7月に結成したばかりだというフレッシュなバンドで、曲調や演奏にもフレッシュさを漂わせつつ、メンバーがとても楽しそうに演奏している姿が強く印象に残った。曲もキャッチーで明るく、見ているこちらも楽しくなってくる。出番を控えていたので2曲目までしか聴けなかったが、おもしろいバンドだと感じた。

いよいよ僕らの出番。転換を済ませたところ、スタッフさんにだいぶ巻いているのでちょっと待ってほしいと言われる。押すことのほうが多いイベントにおいてはめずらしいパターンだ。この、妙に長い待ち時間が、もしかしたら僕らの集中をやや切らしてしまった面はあったのかもしれない。

予定時刻より5分早く、今回初めて用意した入場SEが流れ出す。The Musicの『The Dance』。実は10年以上も昔、前のバンドで使っていたのと同じ曲だ。単純に、新しい曲や入場のタイミングを考えるのが面倒だっただけだ。演奏が盛り上がり始めるところで、譫言のメンバーがステージに上がった。

クリックを確認した明利さんが手を挙げると、SEがフェードアウトする。ベースから始まる1曲目、『加害者エレジー』。しかし直後、問題が発生する。

加害者エレジーは、音源とライブで前奏の長さが違う。ライブのほうが長いのだ。ところが、なぜか吉住が音源のタイミングで演奏に入ってしまった。

直前の動きを見て、こいつ間違えそうだと思った僕は、やはり叩き始めた彼を見て慌てた。違う、と手で合図するが気づかれないし、そもそもいったん叩き始めたものをやめるわけにもいかない。

入るタイミングを間違えたからといって演奏に支障が出るわけではないのだから、落ち着いて対応すればよかったのだが、正直僕はうろたえてしまった。どこから自分が入ろうか、迷いながら演奏に突入した。スタジオでの練習では絶対に起こらないミスが、今回も起こってしまった。やはりライブは何が起こるかわからない。

とはいえ、加害者エレジーの前奏は、ほかの二人が僕のギターをきちんと聞いてくれさえすれば、その後の展開に影響を与えない。今回、明利さんも落ち着いていて、三人の演奏はきちんとそろった。少々のトラブルはあったが、大した問題ではなかったと言える。

しかし僕はうろたえたのを引きずっていたのか、それとも無関係に本番に弱いということなのか、1曲目でまたしても声のバテを感じた。まだ1曲目ということもあり、何とか歌いきれたものの、このままだと前回の二の舞だという焦りがかなりあった。とにかく落ち着くよう、自分に言い聞かせる。

2曲目、『ミルフィーユ』。1曲目のミスと声のバテからくる動揺を引きずっていた僕は序盤、うまく演奏できたか自信がない。ただ2番、曲が盛り上がるハイトーンの部分に至ったとき、あることに気づいた。

あれ……俺、全部地声で歌ってね……?

ハイトーンの部分は地声ではきついので、ミックスボイスと呼ばれる、地声と裏声の中間のような声で歌うようにしていたはずなのだ。しかしライブだとまわりの音が大きいせいか、加減がわからなくなって地声で歌ってしまっていたようだった。

そう、僕は3回目のライブにして、ついに声のバテの原因を突き止めたのである!

ハイトーンをミックスボイスにするように強く意識したことで、ミルフィーユの後半から声は回復していった。歌い終えたときの「どうもありがとう」は声がかなり出にくかったが、その後のMCで声を調整する余裕があった。

巻いていることがわかっていたので、MCはゆっくり長めにとった。前回のライブでカチコチだった吉住のMC、まだ少し硬いかなという印象。でも、ところどころで僕が茶々を入れると(そういうのはわりと得意なほうだ)、お客さんが笑ってくれたりもして、観客の温かさを感じた。これはやりやすいな、と思う。本の宣伝もしっかりさせていただき、次の曲へ。

3曲目の『タイムライン』を歌っているときには、声は完全に回復していた。胡蝶ノ梦との出会いの曲なので、もちろんやらないわけにはいかない。続く『your waltz』は初めて披露する新曲。もともととても歌いにくかったのだが、宇津先生のボイストレーニングのおかげで一気に歌いやすくなった曲だ。疾走感がありつつも淡々とした曲調と、めずらしく前向きな歌詞が気に入っている。

再びMCの時間。ここはほぼライブの告知に終始した。3件もライブを告知できるのが、精力的に活動しているという感じがしてうれしかった。胡蝶ノ梦にバトンタッチする旨を話して、ラストはお決まりの『ソフィー』。初めて、ライブの最後の曲まで喉に余裕があったので、シャウトなどを混ぜつつ大胆に歌った。

お礼を言い、幕が下りる。あっという間の30分間だった。

僕らは笑顔だった。やっと、ライブを楽しく終えることができた。まだまだ未熟な部分はたくさんある。それでも、充足感があった。

汗だくのシャツを着替えるなどしていると、楽屋にカマラのベースの方がやってきた。CDを買ってくださっていて、かっこよかったと言ってくれた。それで、いいライブができたんだな、と思えた。しかもなんと、かねてより僕の本を読んでくださっていたのだという。ご縁はあるものだ。

片づけや来客の対応などに少し時間がかかり、ホールに戻ったときにはトリの胡蝶ノ梦の演奏が始まっていた。ステージを見ながら、本当にクオリティが高いと感じた。ドラムとベースは技術が高く、キーボードはアレンジがいい。ボーカルは歌声からして世界観を作ることをちゃんと意識している。キーボードがギターに替わったり、ボーカルがフルートを吹いたりと、やや遊び心めいた工夫もまた観客を飽きさせない。生で見ても、10代あるいははたち前後のメンバーで構成されたバンドだと信じられないくらいよかった。アンコールの曲の入りでドラマーがスティックをくるりと回したのが最高にかっこよく、僕は吉住に「おまえもあんなことができるくらい余裕を持ってやらんといかんぞ」と話した。

こうして全4組の演奏は終了した。バラエティに富んだ、それでいてバランスのいい出演者がそろっていたのではないかと思う。観客としても純粋に楽しかった。

物販の時間では、初見のお客さんがCDを買ってくれたり、「かっこよかった」と言ってくれたりしてとてもうれしかった。明らかに、これまでのライブとは反応が異なっていた。手応えを感じた。ブッキングのスタッフさんからも、また出てほしいと言っていただけた。

そのまま軽い打ち上げに移行する。若い女の子たち、本当に元気で明るい。お酒じゃなくてクリームソーダとか飲んでる。当然僕らは浮きそうなものだが、フレンドリーに接してくれて楽しかった。樹菜里さんは平気で「1万円よこせ」などと言ってきて、とんでもないタマだと思った。胡蝶ノ梦のベーシストが、伝家の宝刀みたいにしてお菓子のプチを取り出しているのにも笑った。僕がトイレに行って戻ってくると、胡蝶ノ梦のドラマーがなぜか妙な動きのダンスをほかの面々に仕込んでいた。吉住がそれを真似して笑いを取っていた。気持ち悪い動きをさせると天下一品である。

その後、メンバー全員でオフィスに呼ばれ、入るとスタッフさんがいらっしゃった。これはダメ出しをされるパターンか、とにわかに緊張したが、お話ししてみるととても優しく、よかった点を褒めてくださり、また的確なアドバイスもいただいた。いいハコだと感じていたけれど、あらためてThe Play Houseが大好きになった。正直、初めてということで集客では苦労したけれど、必ずまた出たいと思った。

それから近くの店で飲み直して、吉住はギリギリ終電で帰っていった。僕と明利さんは時間を気にせず飲んだが、さすがに疲れていたので二軒目にはいかなかった。興奮していたのか、ホテルではあまり眠れず、幸せな一日だったなあ、としみじみ思い返していた。翌朝に帰宅したが、その途中で明利さんがゲストハウスの部屋に入れなかったことを知った。逆ギレしてロマンスカーで帰ったらしい。ほんと毎回やらかしてくれるな。

ようやく、譫言としての活動が軌道に乗り始めたことを実感する町田の夜だった。実はもう、12月のライブも決まっている。これで10月から1月まで4ヶ月連続ライブだ。もともと2020年は月1でライブやりたいなどと話していたので、この状況は願ったり叶ったりなのだ。今後のライブが楽しみである。ほかにも音源作りなど、皆さんに楽しんでいただける活動をさらに進めていきたい。共演者の皆様、スタッフの皆様、ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございました。またどうぞよろしくお願いいたします。

最後に。

勇気をもってDMを送ってくださり、ある意味では初の対外的ライブという僕らにとってとても貴重な機会を与えてくださった胡蝶ノ梦だが、『セイブツロン』を最後に解散してしまった。

会場でその話を聞かされたとき、僕は「もったいない」と言った。自分たちが同世代のころには考えられなかったくらいに早熟で、才気にあふれ、技術も高く、本当にいいバンドだと思っていたからだ。けれども彼女たちは若い。間違いなく、これからそれぞれが別の形でご活躍されることだろう。またいつか、共演できたらうれしいなと思う。人生は長く、外からは計り知れない事情があるだろうから、その決断を僕は尊重したい。

おつかれさまでした。ありがとうございました。最後に共演できてとてもうれしかったです。あなたたちは素晴らしいバンドでした、どうか自信を持ってください。またいつか、どこかでお会いできますよう。

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