10月26日のこと③(あるいはイベント準備のこと)

Neontetraがライブ共演を快諾してくれたことにより、譫言と共同企画という形でライブの計画がスタートした。

最初に打ち合わせをしたのは7月の頭。このとき、双方メンバー全員で臨む予定だったが、めずらしいことに吉住が熱を出して欠席。セイカさんとヒデユキさん、そして明利さんと岡崎の4人で話し合うことになった。

譫言としてのライブ出演がまだ1度しかなく、次のステージを求めて右往左往していた僕たちは、ありていに言ってビジョンが鮮明でなかった。とにかく音楽ライブができればそれでいいという、集客などの観点からは甘いとしか言いようがないスタンスだった。

それに対してNeontetraは、最初の打ち合わせの段階でかなり明確なビジョンを持っていた。これまでのライブで培ってきた経験があるから、甘えがなかったのである。どのようなイベントにしたいのか、などの問いに、僕らはうまく答えることができなかった。主催どころかライブの経験すらあまりに乏しい僕らは、打ち合わせのあいだ、ひたすらNeontetraの話に黙って聞き入るしかなかった(トリも、僕らはNeontetraにお願いしたのである。ところがNeontetraから「譫言にやってほしい」と言われ、断り切れなかった。僕らがほかの出演陣を押しのけてトリを志願したわけではないことは一応断っておきたい)。

最初の打ち合わせで、純喫茶のMVに出演したmomocaさんにも出演をお願いし、さらに宇津先生にオープニングアクトを頼むということは決まった。お二人に依頼したところ、どちらからも出演OKとのお返事をいただく。そしてここから、出演者全員を巻き込んだ、ライブに向けての長い道のりが始まる。

まずは何と言ってもライブハウスの確保と日程の確定だ。『下北沢インディーズ』を刊行した際、「刊行記念ライブをやってほしい!」との声が複数上がった(しかしながら、おそらく声を上げられた方はひとりも本番にお越しにならなかったのだが……)ことから、このイベントを下北沢でやることはすぐに決まった。いくつか候補が上がる中で、ヒデユキさんはライブハウスと交渉し、下見にも行ってくれた。最終的に、Neontetraが何度も出演していて、僕や吉住も足を運んだことがあるなど、あらゆる条件に鑑みてMOSAiCがベストだろうという結論に達した。MOSAiCが空いている日ということで、日程は10月26日に決まった。

いち早く取りかかったのがフライヤーの作成だ。これはセイカさんがデザインしてくれた。このときイベントのタイトルも決まり、さらには『BLEND』と『下北沢インディーズ』を購入した方への特典も用意することになる。

次に動いたのが、集客のための施策として、ツイッターでアップするコラボ歌唱動画の撮影だ。スタジオを借りて、momocaさんの『ヒトリヨガリ』、Neontetraの『純喫茶』、そして譫言の『地球儀』を、ボーカル三人で歌う動画を撮影した。MCでも触れた余談だが、『地球儀』はこのために下ろした新曲だった。すでにある持ち曲を吟味したのだが、素敵な女性ボーカル二人に歌わせられるような歌詞ではない、ということで僕と吉住の見解が一致したのだ。『地球儀』を下ろしたのは奇手だった。幸い、アコースティックアレンジでライブでも披露するということでメンバーの同意を得た。

コラボ歌唱動画を撮影した日、7人の出演者で集まってさらなる打ち合わせを進めた。その中で、せっかく小説と絡めたイベントにするのだからそれらしき催しが必要、という話が出た。僕が、どうせならイベント限定の新作を書くか、と考えたのはこのときだ。これがのちの犯人当て企画に発展していく。

さらに集客のための施策として、出演者紹介をmomocaさん演じる音無多摩子(『下北沢インディーズ』主人公)にやってもらうことになった。この台本は僕が書いた。お盆期間、僧侶である実弟のお経回りのドライバーを務めたのだが、その車中であらかた書き上げた。momocaさんはさすが声優経験ありという仕事っぷりで、レコーディングはごく短時間で済んだ。脚本など経験がない自分の拙い台本で、よくあれだけ上手に抑揚がつけられたものだと思う。

まだまだ準備は続く。ここで話が最初の打ち合わせに戻るが、僕ら譫言がゆくゆくはCDも出したいと考えていることを知るや、セイカさんが言った。

「じゃあ、このイベントをレコ発にしちゃえばいいじゃん!」

レコ発となれば人を集めやすいことを、セイカさんは当然知っていたのだろう。ノウハウがない僕らはビビったが、しかしもちろん嫌とは言えず(CDを出したいと思っていたのは本音だから、背中を押してもらえたとも言える)、成り行きでレコ発とすることが決まり、フライヤーにも「レコ発」の文字が入った。

譫言のメンバーは当然、慌てた。まずはセイカさんに紹介してもらったSHOGIN ENGINEERINGさんと連絡を取り、ボーカルレコーディングの日程を決める。そしてその日に間に合うように、オケ録りを開始。デモ制作でDAWの扱いに最低限慣れていた僕のギターのレコーディングは比較的スムーズに進んだ(『タイムライン』は本当に楽にできた。『加害者エレジー』はなかなか納得のいくアレンジが完成せず、ギリギリまでギターを重ねるなど変更を加えた)のに対し、レコーディング自体ほぼ初めてだという明利さんのベースのレコーディングは一筋縄ではいかなかった(もっとも、僕はリモートで同期しながらチェックしただけで、立ち会ったのは吉住だ。オーディオレコーディングに慣れた僕がいればもう少しスムーズに進んだのは間違いない。しかし、僕はそのころ目が回るような忙しさだった)。

それでも何とかオケを録り終えた8月末、僕が腸炎にかかり、その治療で訪れた内科で風邪をもらうという最悪の事態が起きた。ボーカルレコーディングまで、10日ほどと迫っていた。結局、僕は治療に徹し、まったく練習ができないままレコーディング当日を迎える。完全に出たとこ勝負だったが、いざ歌ってみると尻上がりに調子が出てきて、無事に納得のいく声を録り終えた。明利さんは「いつもより歌がうまかった」とさえ言ってくれた。しかしこれに関しては綱渡りすぎて、「あーよかった、ギリギリセーフ」くらいしか感想がない。その晩飲んだ酒のうまかったこと。

並行してバンドロゴのデザインとCDジャケットのデザインをNC帝國さんに頼んだ。ロゴもかっこいいものを仕上げてくれたが、何と言ってもCDジャケットは大変いいものにしてくれた。しかもスケジュールがギリギリで、急ぎで対応してくれた中でのあのクオリティである。感謝してもしきれない。

CDの制作会社も選定を進め、マスタリングも終了し、どうにかこうにか駆け込みでライブに間に合わせることができた。実際に完成したCDが届いたのは本番3日前である。これで、レコ発の冠を裏切らずに済んだ。デザイン、楽曲、音源の質、すべてにおいていいものができたと自負している。

この期間中、『タイムライン』のMV制作もおこなっている。歌詞をツイッターで流すというアイデアは僕が出したが、吉住が作ってくれたサンプルが思いのほかクオリティが高く、僕はすべてを吉住にまかせることにした。ものすごく大変だったと思うが、彼は素晴らしいMVに仕上げてくれた。ツイッターにも書いたが、僕は高校以来の17年の付き合いで、彼のクリエイティビティを初めて見直した。しかし皮肉なことに、この動画制作能力の高さが吉住自身をのちに地獄へ突き落すことになる。

ライブの準備の話に戻る。当日会場限定で販売するしおりは、これもセイカさんがデザインしてくれた。出演者全員の名前が入ったメモリアルな逸品である。

『BLEND』&『下北沢インディーズ』購入者特典は、僕のほうではなんと版元の実業之日本社が動いてくれることになった。その日のためだけに缶バッジを作ってくれ、さらにはバックステージパス型ステッカーも提供してくれることになったのだ。本当にありがたい。Neontetraのほうでも用意ができ、購入者には限定の豪華な特典を渡せることになった。

オリジナルカクテルは3組でそれぞれ考案することになった。譫言は元居酒屋経営の明利さんに一任した。ここでうまく分業ができたのは助かった。飲んでみたかったけど、トリ出演だった僕はとうとう機会を逸してしまった。

そして……準備の中で何よりも大変だったのが、言わずもがな、犯人当て企画である。

台本がないことには何も始まらない。僕が台本を書き上げ、出演者に送ったのが10月上旬である。間違いなく、短編1本分に相当する労力を費やした。そもそも犯人当てなんてほとんど書いたことがない。それでも本格ミステリ作家として培った能力を最大限発揮し、真相には意外性がありつつ、それでいてそこそこの推理や勘で犯人が当てられるラインを目指した。幸い出演者には好評だった。

観客には動画で見せることになったのだが、ここから吉住が地獄を見る羽目になる。僕が要求したのは第一幕と第三幕のテロップとアイコン、そして第二幕の字幕だが、なまじ器用な吉住はBGMの選定やテロップが流れる際の効果音など、すべての作業をひとりでおこなった。この大変さは想像を絶する。吉住は本業もある中で動画制作に追われ続け、奥さんには「パソコンに取り憑かれているよう」とまで言わしめたという。最後のほうは、スタジオ練習後の飲みにも付き合わなくなった。

ほかの出演者がしたことは第二幕の事情聴取動画の撮影と送信くらいだが、この事情聴取動画に吉住の苦労が表れている。まず、ぶっちぎりで一番演技が下手だ。棒読みで、魂が体の外にあるかのようだ。しかも、顔色が圧倒的に悪い。何でも動画制作に追われた深夜、自分の素材がないことを思い出して慌てて撮影したのだという。僕も演技経験はないから人のことなど言えた義理ではないが、あの吉住の演技よりはいくぶんマシだったと思う。僕が犯人当て企画をやろうと言い出したばかりに、彼をあそこまで追いつめてしまって本当に申し訳なかったと感じている。すまん、吉住。マジでお疲れ。

とこのように、10月26日のイベントに向けた準備は多岐にわたり、本当に大変だった。デザインなど多くを担当したセイカさん、ライブハウスとのやりとりやタイムテーブルの作成などを引き受けたヒデユキさん、主催でないにもかかわらず紹介動画のレコーディングや写真素材の撮影に動いてくれたmomocaさん、オープニングアクトながら協力を惜しまなかった宇津先生、地元との行き来でも慌ただしかった明利さん、動画を作った吉住。みなさんに苦労をかけた。あらためてお礼を言いたい。しかもNeontetraと僕はこの間に『時の旅人』プロジェクトでクラウドファンディングを開始したり、太宰府市民政庁祭りで歌ったりと、こっちはこっちで大変だったのである。本業と音楽活動とお盆のドライバーが重なった8月の多忙により体調を崩した僕はこの時期、仕事をかなり抑えていたが、10月26日を過ぎるまではどのみち何も手につかないという状況が続いた。

実はライブの前日まで、てんやわんやの状態だった。ついに当日のMCでは話さずじまいだったが、前日の夜になって吉住から、出演者のグループLINEにこんな投稿がなされた。

「この中に、手錠をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

犯人当て企画が終わって出演者全員がステージに登場する際、犯人に手錠をかけようと言い出したのは僕だ。当然、手錠も僕がAmazonで購入済みだった。しかし、グループLINEではその他の重要なやりとりがひっきりなしに交わされていたため、僕は手錠を購入した旨を知らせなかった。まさか吉住が、そんな飛行機の中で医者を探すみたいな文章を送ってくるとは思わなかったのだ。僕は次のように返信した。

「いや買ったわ。誰かが手錠を持ってる可能性に賭けるほど楽天的じゃねえわ」

確認事項が多く殺伐としがちだったグループLINEが、一気に和んだのは言うまでもない。

そうして長く大変な準備期間が終わり、とうとう10月26日、『音楽と小説のエンターテイメント!』@下北沢MOSAiC本番当日がやってきた。

(次回に続く)

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