幻について

以前、知人からとある女性を紹介されたが、うまくいかなかった。彼女とは二度会っただけで、その後も僕からは何度か連絡をしたが、最終的には向こうがそれを無視したと記憶している。

僕はべつだん傷つきもしなかった。女性はとても美しく、僕は少なからず魅力を感じていたものの、高嶺の花という印象が強く、彼女と付き合えるビジョンが浮かばなかった。連絡が返ってこなくなっても「まあ、そんなものか」と思い、深追いしようともしなかった。

今日、彼女を紹介してくれた知人と久しぶりに会った。僕らがうまくいかなかったことを把握している知人は、その理由として女性が話していたことを、僕に教えてくれた。

「あの人は、完璧すぎたから」女性はそう言ったそうだ。

それを鵜呑みにするほど、僕も愚かではない。紹介してくれた知人の前で僕を悪く言えず、仕方なくそう表現したのだろう。それはもちろんわかっている。

けれど、たとえ嘘でも、女性は考えたはずだ。こう言えば、知人は納得してくれるだろう、と。だとすれば、彼女の目から見て僕が「完璧」と表現しても違和感のない人間に見えたことは、確からしく思われるのである。

そのことに、僕は衝撃を受けた。自分ほど、完璧から遠い人間もいないと思うから。

そもそも僕は、美しい彼女の前で緊張していた。最近ではだいぶ自信を持てるようになったコミュニケーション能力も、彼女の前ではまるで発揮できなかった。彼女といるとき、僕はとてもつまらない人間だった。

むしろ僕から見れば、彼女のほうこそ誰もが認める素敵な女性で、そんな彼女と少しでも釣り合うために僕は必死で背伸びをしていた感覚があった。彼女に対して、ある種の引け目すら感じていた。そんな彼女が、「完璧だから」と僕を袖にするのは皮肉だ。スラップスティックだ、とさえ思う。

他者の目を通した自分というものを、人は一生知ることがない。

彼女が完璧だと表現した僕はむろん完璧でなどありえないし、僕にとってはよほど完璧に近いように見えた彼女もまた、完璧ではなかっただろう。けれどそれを否定する機会もないうちに、それどころか否定すべきことにさえ気づかぬまま、僕らは終わりを迎えてしまった。

いまならば、と思う。

彼女の僕に対する評価の一端を知ったいまならば、少しは彼女と仲よくなれるだろうか。だめな部分を示していいとわかったら、ちょっとは緊張もほどけるだろうか。

僕はあれ以来初めて、もっと彼女と話してみたかったと思った。もちろんいまさら連絡を取りはしないし、彼女がこの記事を読むこともないだろう。けれども僕は、本音じゃないとわかっていても、彼女に向かって否定したかった。それだけは違うよって。僕、本当にだめなやつなんだよって。

彼女は最近、職を変えたらしい。たった一度だけ、夜に職場のそばまで迎えに行って二人で食事をした、あの街に彼女はもういない。並んで歩くときの高揚感も弾まない会話もおすすめのお酒を気に入ってくれたことも別れたあとの自己嫌悪も、すべてははかなくもいじらしい幻のようだ。



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