夢と種明かし

怖い夢を見た。

友人と異国を旅していて、地下格闘技場にたどり着いた。一般人でも自由に参戦でき、勝てば賞金がもらえるという。体格のいい友人が意気揚々と参戦を決め、本番までのあいだ、僕らは別の試合を観戦することにした。

二人の挑戦者が現れ、プラスチック製のように見受けられる、白くて大きな箱の中に入った。やがて試合開始のゴングが鳴らされるが、箱の中は見えない。格闘技なのに闘いの模様が見られないなんて変だな、と思っていると、やがて箱の中からひとりの挑戦者が姿を見せた。

彼は手に、骨を持っていた。

箱が開けられる。中には大量の血液が溜まり、元は人だったとおぼしき肉の塊が転がっていた。骨はむき出しで、首も下半身もなく、生きていないどころか原型を見出すことすら難しかった。

僕と友人は即座に理解し、青ざめた。これは格闘技などでは断じてない、ただの殺し合いなのだ、と。外国では、こういったアングラな興行がいまでもおこなわれているのだ、と。

闘いに負ければ友人の命が危ういと知った僕らは、一目散に会場から逃げ出した。友人の試合が一戦目でなかったのは不幸中の幸いだ、と感じながら。ところが、一度参戦を表明した者が辞退することは許されないらしく、スタッフに追われる羽目になる。異国の地で土地勘もない僕らは、捕まることにおびえ、震えながら逃げ回る――という夢だった。

目が覚めて、嫌な夢だった、と思った。見たこともない異国の風景、肉塊の鮮やかな赤が、脳裏にこびりついていた。

しかし冷静になると、違う考えが頭をもたげた。

要するにあれは、外国人観光客からお金を騙し取る詐欺の手口だったのではないか――というものだ。

もっとも重要なのは、僕ら観客が肝心の、殺戮の場面を目撃していないという点だ。格闘技ならば、普通はその闘いを見せなければ意味がない。途中で開かれた箱の中には確かに挑戦者と、挑戦者だったように見える肉や骨や血液があったが、その状態に変じる過程は隠されていた。

簡単な仕掛けだ。箱には隠し通路があり、片方の挑戦者はそこから抜け出して、代わりに人のように見える肉や骨(らしきもの)を入れ、血液に似せた赤い液体を巻き散らす。そのさまを見て観客は、中で凄絶な闘いが繰り広げられたと思い込む。

参戦を表明していた者は当然戦慄し、出場を取りやめようとする。おそらくはその際に、多額のキャンセル料を支払わなければならなかったのだ。ところが僕と友人は正式にキャンセルすることなく会場から逃げ出したので、追われることになった。仮にあのあと捕まったとしても、お金を払えば解放されていたのではないかと思う。

こんな詐欺が、普通はまかり通るはずがない。しかし外国人観光客はどう対応していいかもわからず、命の危険を感じ、お金で解決できるならと要求を呑んでしまう。僕らはそのターゲットにされたに過ぎなかったのだ。

そう考えると、怖かった夢も怖くなくなった。しょせんはただの夢の話で、考えたところで意味がないのは言うまでもない。だが、そうすることによって恐怖が薄らいだのは痛快だ。

ともかくも悪夢に種明かしがついてくるなんていかにもミステリ作家らしい、と思った夏の朝の出来事だった。

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