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招待

あなた方は自分たちが招待したと思っている しかし実は招待したのは私の方である だからここは 私の庭 私の家 あなた方が口にしているものは 私の畑で 私の川で採れたもの あなた方が着ているものは 私の乳母が編んだもの あなた方の履いている靴は 幼い頃の私のお下がり あなた方の読んでいる本は 遠い昔に私が書いたもの あなた方が伴侶としている者たちは 私の子供たち そしてあなた方が見ているのは 私 忘れてはいけない あなた方を招待したのは 私

    • 幻影

      立ち昇るその姿に 私は敬意を表そう 私にできることは ただ見ることのみ だからこそ 私の目から逃れることは 誰にもできぬ そんな私の前に 彼は現れる 実を伴わぬ 影のみの姿で 誰も逃れえぬ この眼差しの前に 世界の全ては 臆しているように見える しかし 彼だけは 臆することも 躊躇うこともなく その姿を曝す 太陽よりも酷薄な この視線の下に お前を明らかにするためには お前の名を知らねばならぬ しかし それは無理なこと お前

      • ごめんなさい

        僕にはお父さんがいません 僕は勉強ができません 僕はお金を持ってません 僕は意気地がありません 朝一人で起きられません 友達が多くありません 足が速くありません 手伝いをあまりやりません 好き嫌いが無くなりません 病院に行きたくありません 大人と上手に話せません お母さんがいます お父さんはいません だけど だから ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい

        • あなたの注いだ毒が

          あなたの注いだ毒が 静かにゆっくりと行き渡る 優しく 優しく 誰にも気付かれず 土を浸し 夜を浸し 肌を浸し 眠りを浸し 微笑を浸し あなたの注いだ毒が 世界の隅々まで行き渡る そして 私はあなたに触れる 黒ずんだ指先で あなたの耳元で愛を囁く 毒に浸された 優しい声で

          私たちには罪が無い

          どこかに 満ち足りた生活というものがあるとすれば それはここにある 恋人との間には信頼があり 夕餉の周りには安らぎがあり 労働を巡っては喜びと連帯があり 家族たちの余白には健やかな秘密がある 空を見上げれば数式があり 本を開けば友人の姿があり 昼下がりの公園には無為と夢想があり 庭の土の下には小さき者たちへの愛がある 日常には更新と繰り返しがあり 手を叩けば肯定と愉悦があり 都市の雑踏には眩暈と音楽があり 今日という日には今日そのものがある 何よ

          私たちには罪が無い

          こぶしの花

          山の麓の こぶしの花は しんと鮮やか 君に似て 笑わず 怒らず 驚かず 己の白さを 決して誇らず

          こぶしの花

          嘆くことを止めないで下さい

          嘆くことを止めないで下さい 絶え間ない苦悩を 誰知らぬ溜息を 心が歌うに任せて下さい 立ち上がらないで下さい 前を向かないで下さい 先に進まないで下さい 今 あなたの心は あなたのものではなく はじめて 自然のものとなりました この世界のものとなりました あなたが感じていること あなたが思っていることは この世界が感じていること この世界が思っていること 風が吹けば 風が木々を鳴らすように 雨が降れば 大地が雨を吸うように 誰も知らな

          嘆くことを止めないで下さい

          何か

          ほら そこに 何かが ある 見ようと すれば 見えてくる つい さっきまで 気付かなかった 誰の 目にも 留まらなかった 隙間のような 余白のような 何かが あるとは 誰も 思わぬ 物陰に 語ろうともせず 目立とうともせず ひっそりと じっとしたまま よくよく 考えてみれば ずっと 前から そこに あったような そんな あり方で 何かが ある ある ある 確かに ある 何かが ある 見えているのは そこに ある 何か あな

          檻が目の前にあり 檻を目の前にした時の恐怖が 私の中にあった 私にはその恐怖が恐ろしく思われたので それを檻の中に入れて閉じ込めた そして私はその恐怖がどこにも逃げないように 檻の前で番をするようになった 恐怖はどこへも逃げなかった 私もどこへも逃げられなくなった やがて私は少しづつ 恐怖を不憫に思うようになった 時には 恐怖を出してやりたい 自由にしてやりたいと思うこともあった 多くの人間や獣が 恐ろしくおぞましいものたちが 私の前を過ぎてい

          夕暮れ

          電車を降りて いつも通り レジに並んで いつも通り 遊歩道を歩いて いつも通り 駅も 河川敷も 散歩中の犬も いつも通り 何一つ 新しいことも無く 今日という日も 私も 嬉しいも悲しいも無く いつも通り それでいいと 思いながら これでいいと 思いながら ふと目を向けた夕陽が なぜか 何だか新しく見え 見たことがないような 知っていないような そんな気がして イヤホンから聴こえてくるメロディーを 下手くそな口笛でなぞってみ

          空気を称える歌

          僕らには空気が必要だ 目に見えないものが必要だ 普段誰も気に留めない ありふれたものが必要だ 自由でしなやかで 捉えどころのないものが必要だ 僕と君の間の 隙間を埋めるものが必要だ 響きや温もりを伝え あるか無しかもわからぬ様子で 静かに僕らを支配するものが必要だ 描くことも語ることもできない 曖昧なものが必要だ 決して古びることなく 巡り巡って循環するものが必要だ 誰からも尊敬されないが故に 尊敬に値するというものが必要だ それを失う時は

          空気を称える歌

          手紙

          とうとう誰の元にも届かなかった 手紙が一つ 宛名も無く 中に何が書いてあったのか 書いた本人も思い出せない 封を開ければ 臆病な情熱 思い上がりと怠惰 愚かな真剣さ 自慰の如き憂鬱 そして 迷いに次ぐ迷い 私の若さの全て 若い私の全て こんな頃もあったと こんな私もあったと 忘れるつもりはなく 忘れたつもりもなかったが どうしてか いつしか忘れてしまっていた 私 私の言葉 私の声 誰の元にも届かなかった 手紙が一つ とうとう

          階段に住んでおります

          「東京」と呼ばれている都会のどこか 薄汚い川 環状線 騒音 無関心な人々 千切れた空 ゴミ箱から溢れる空き缶 喫煙 猥褻 工事現場で働く男たち 外国人 日本人と相容れない外国人 それらの外国人と同じように あるいはそれ以上に 日本人と相容れない日本人 それ以外の大人しくて行儀のいい俗物 つまり 極めて日本人らしい日本人 彼ら全ての呼吸 息遣い それらが風となり吹き抜ける マンションとビルの森 その森に聳える木々の一つ 古い 築何

          階段に住んでおります

          火葬

          私が 燃えて いる 衣服の 端に 燃え 移った 火は 髪を 焦がし 肌を 焼き 骨を 舐め 私の 哀しみも 恥辱も 残って いる などと 思っても いなかった 心残りも 全て 灰に 帰し 最後に 私の 言葉が パリリと 爆ぜ 空を 明るく 照らすと それきり 後には もう 何も 残って いなかった 私は これらを 黙って 目撃し 悪く ないと 思い ながら その場を 後に した

          雨と過ごす

          雨、雨、雨 (午後三時二十九分。時間が経つのが遅い。いや、そんなこともない。でも、最近は時間が経つのが速くなったと感じることが多い。感じ方次第。今日は遅く感じる。することが無いから。退屈しているから。コーヒーを淹れようか。いや、さっき飲んだばかり。またお腹が痛くなりそう。シトシト。じゃない。ザーザー、でもない。何だろう。シャララ?そう、そんな感じ。シャララ。雨は歌ってる。明日は出勤。休みは一日だと足りない気がするけど、二日だと、それはそれで。二日目の過ごし方が。特に雨なんか

          雨と過ごす

          小唄

          小鳥ばかりを 眺めていたら 女の子たちは どこかへ消えた 鼻歌ばかりを 歌っていたら 弟子に親方 どこかへ消えた 星屑ばかりを 数えていたら 役人先生 揃って消えた みんなどこかへ 消えてしまって あとに残るは 私だけ 誰にも相手に されない私の 相手を続ける 私だけ 雲よ風よと 遊んでいたら そんな私も どこかへ消えた