好喝トンネル

「いつ、誰と飲もうか」と大切にとっておいた、この最後の一握のお茶を、「この人なら、このお茶の価値がわかるのでは。」という感だけで、初めて会って数分の方と呆気なく開けてしまう。偶然にも、以前から飲んでみて欲しい方もいたので「時」が来たのだ。
 その人は、構わず話しを進めるお連れの話を聞きながら、公道杯をスンスン嗅ぎ、こちらで茶を飲む私に目配せした。「好喝」のトンネルが繋がった。
その後、彼はスマホのアルバムを開いて「毎日、この茶壺でお茶を飲んでいる」と言うので、私も「あの蓋碗で毎日飲んでいる」とニンマリした。好きなモノというのは簡単に言葉の壁を超えてしまう。

昔、アテもない大陸で、茶店らしい佇まいでもなかった建物の扉が開いてたいたので、何となく覗いたら、やっぱりお茶をしている人がいて、何故かオジさんに手招きされて、その時も全然中国語は出来なくて、そのままお茶をご馳走になり、その時も「好喝トンネル」が繋がったコトを思い出した。  

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