0から1じゃなくなった

年齢を重ねるにつれ、伸び悩みを感じるようになった。
これが出来るようになった!あれが出来るようになった!というような感動を久しく味わっていない。
そこそこ出来るか、やらないか、だけ。

わからない事や出来ない事は、調べて試してのタイプの人間なんだけど最近はもう興味が先ず湧かない。やりたいか、やりたくないか、それだけで決めてる。
で、やりたい事が今は無いなーと。
新たに何かを習得する事が億劫だからなのかな?と思うけど先ず興味が沸かない。

人間相手も同じ。

興味が無い人ともう仲良く出来ないよね。

勿論上辺では和かに笑えるけど、関係性を築く億劫さが年々増えていく。
でも、本当は0から1にしなきゃ拡がらないのもわかるよ。
限界はどこだ!みたいな気持ちで自分に向き合う作業は必要だと思うし。今からだって無二の親友が見つかる可能性だって無きにしも非ず。

ただ努力しても0から1にはなれない、ステータスの伸び代がもう無い、年々そう。
ネガティブな事ばかり浮かぶ。

だから考え方に遊びを作ることにした。

1から1.2とか、1から1.4とか、ほんの少しでも出来たらオッケー、前は全く話せなかった人と挨拶を交わせるようになるだけで充分だと。世の中は曖昧の塊だと実感する。

何も期待しないし、心を必要以上に動かさない、今あるもので遊べば良い。
0から1はもう無理でも、1から1.5ならやれるかもだし。

それでも意味があるよね、と。

何の得が〜とか何の意味が〜とか馬鹿にされたりしたけど、今は大人になったのでハッキリと言える。
自分の得も自分の意味も、決めるのは自分。

かといって自分を信じ過ぎて、周りが見えなくなったらお終いだ。

人間の細胞は毎日入れ替わるらしいので、数ヶ月もすりゃ別人になってるのかもしれない。伸び代無くてもギリギリのギリギリまで足掻くだけ。

0から0.1だとしても、自分の意味は自分で作りたいし。
悩みは死ぬまで尽きない、いっそ全ての悩みを吐き出したいじゃん。

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