大きいことはいいことなのか

トップの高校に入学し、一流の大学で学び、そして卒業したら有名な大企業に就職する。

そういう進路こそが、本当の幸せな生活である。

世の中には、そう思い込んでいる方はどうやら少なくないようです。

ですが、筆者はふと疑問に思います。

「大きいことはいいことなのか?」と。

どれだけ多くの人を社会的に支えることができたとしても、どんなに大きく貢献したとしても、そういう「大きいこと」こそが世の中の全てだと思い込むのは少し違います。

今回は、そんな「大きいことはいいことなのか」について、軽く書かせていただきます。

●大きいことがすべてではない

結論から端的に書きますと、いまどき「大きいことはいいことだ」という考えはかなり古いです。

もはや、大きいことこそがすべてではなくなっています。

一流の高校に入り、有名な大学に入学して卒業し、そして優良な大企業に就職する。

このコースに入れた人こそが真の社会人である。

そんな発想は、昭和・平成の名残でしかありません。

理由は単純です。

時代が変化しているからです。

かつて大きく社会に貢献してきた大企業は、たとえ黒字であってもリストラをするのが当たり前になっています。

有名大学を出ても、すべての卒業生がちゃんとした社会人として活躍するとは限りません。

もっと言うのなら、世の中には中学生の時点でお金を大きく稼ぐことに成功している例もありますし、ハタから見たら単なる役立たずなニートであっても、ちゃんと生計を立てることに成功している例もあります。

そもそも、「大きいことはいいことだ」と誰が決めたのでしょうか。

みんながみんな、歴史上の人物のような偉人になったら、本当の意味で現状の社会を維持できるでしょうか。

筆者としては、それははなはだ疑問に思えてなりません。

舞台の主人公を演じることができるのは、多くの脇役やスタッフが支えているからこそです。

みんなが主人公になってしまったら、自己中心的な考え方が横行する危険性が多分にあり、その考えはやがて社会を滅ぼすことでしょう。

そうです。

「なんでも大きければいい」という考え方には、限界があるのです。。

●小さな幸せを見つけて、小さな社会貢献をしてみよう

では、人は大きな夢を持ってはいけないのか。

そういう反論が飛んできそうですが、決してそうは書いてません。

筆者はただ、夢の持ち方や方針を正しくあるべきだと記しているだけです。

何でもいいから一流の高校に入って有名な大学を卒業して、何でもいいから一流の就職先に入ればいい、という考え方が、とても危険であることを書いただけにすぎません。

大きな夢を持つことは、自分自身に大きな動機を生むきっかけとなり、その「動機」が生きる力となるのです。

ゆえに、大きな夢を持つことすべてを否定するつもりは毛頭ありません。

ただ、「正しい夢」を持っていてほしい、ということだけは強調させていただきます。

では、その「正しい夢」を持つにはどうすればいいのか。

それは、まずは小さな幸せを見つけ、小さな社会貢献をすることです。

自分の身のまわりにある当たり前に手にしているものに目を向けて、自分が満たされていることを素直に実感してみましょう。

そのうえで、自分ができるちっぽけな実践を行ってみるのです。

それは、たとえば貧乏な人に訳アリの野菜やおにぎりを分けてあげるのだっていいですし、自分のわずかなお小遣いで支援団体へ寄付するのだっていいでしょう。

小さな幸せは、実はいろんな人の小さな社会貢献によって成り立ってます。

現代の僕たちが世界中どこでも旅に出られるのも、乗り物をつくった人や旅の案内人を仕事としている人がいてこそであり、もっと言うなら、道路や運送のシステムが完備されているからこそなのです。

あなた自身の中にある、自分のできる小さな社会貢献を行ってみましょう。

それは確実に小さな幸せとなり、その幸せこそが人生を大いに豊かにするはずです。

●チリも積もれば山となる!

そんなにちっぽけな実践なんかで、苦しい社会情勢を変えられるのか。

ちっぽけな行動ひとつでは、世界は変えられないよ。

そう言われれば、たしかにその通りではあります。

でも、そもそも僕たちは、そんなに世界を変える必要があるのでしょうか。

世界を変えるのではなく、「自分をコントロールすることによって幸せになる」という選択肢もあってしかるべきではないでしょうか。

「世界を変える」ことによって状況をよりよくしようという考え方は、実は単なるあなたのエゴイズムでしかありません。

世界を変えればみんなが幸せになる、という考え方は、現代ではもはや通用しないのです。

最初から大きいものを目指してむやみに無駄な努力を積み重ねるよりも、自分ができる等身大の実践を積み重ねていたほうが、はるかに社会に大きな影響を及ぼすことでしょう。

それは、たった一人の殺人犯によってどれだけの人が迷惑をこうむるのかを考えればすぐにわかります。

彼が犯罪を起こさないだけで、多くの人が幸せに生きることができます。

そういう意味においては、人間一人の力にはものすごい可能性が秘めているのです。

「大きいこと」のために、自分の人生を犠牲にするのはやめてみましょう。

それよりも、自分のできる「小さな」社会貢献を積み重ねていって、「小さな」幸せを築く努力をしてみましょう。

そうすることによって、結果的に人生における大きな変化を起こすようになるはずです。

そうです。

たとえどんなに小さなことでも、積み重ねていけば大きくなるのです。

チリも積もれば、山となるのです。

●あとがき

いかがでしたでしょうか。

今回は「大きいことはいいことなのか」というやや哲学的なテーマを扱わせていただきましたが、何か参考になったことはあったでしょうか?

筆者の結論をまとめますと、大きいことはすべてがいいわけではない、それよりも自分のできる範囲の「小さな」社会貢献と「小さな」幸せこそが、本当の意味で人生を豊かにする、ということです。

今回のコラムをきっかけにして、何らかのよりよい影響があることを心から

祈ってます。

それでは、今回のコラムを終了させていただきます。

どうもありがとうございました!


おもに僕が代表を務めている小劇団の活動費として再投資させていただきます。 よろしくお願いします!