あなたの心は何と言ってますか?
パプリカ栽培のお手伝いをこの春からしています。
ビニールハウス栽培なのですが、その中はとても静かで、雨の降る日は雨音が心地よいです。
作業をしている音と、こころの声がBGMです。
それでわかったんだけど、こころの声って思った以上に忙しなく、ずっと何かを呟いています。
その日によって変わるけれど、わたしはびっくりするほど自己否定の声が強いです。
満月の日なんて、ずっと「わたしはできない」「わたしはダメな人間である」などという言葉が嵐のように吹き荒れている。
他の日に「わたしできるんじゃない?」「わたし大丈夫なんじゃない?」「わたしできるかも」なんて自己肯定的な言葉が浮かびがちな時ほど、作業失敗してしまう。
わたしはできなんだよーって無意識が舌を出して笑う。
まさにマインドコントロール。
自己否定的ことばの断定ぶりに対して、自己肯定的ことばは疑問形で及び腰なのも面白いな。
そりゃ、NOTEで色々書いた後、現実生活でイライラしてしまうよなー。
わたし自身は大したことないって思いこんでるから、ネットで賢そうなこと書いても偽りだと思ってしまうのよね。
なるほどな、でもこのままではよくないな。
一度、とことんまで自己否定の言葉に耳を傾けて、聴き続けてみた。
きっと、この言葉を繰り返すのは、浮かんだ時に「いやそんなことないよ」って否定してしまうから、自己否定したい心が満足してないせいなんじゃないかと思ったから。
うん、うん、ってずっときいてみた。
パプリカも一緒に聴いてくれた。
それで聴いて聞いて聞きまくると、「これは単なる言葉で、真実じゃない」という想いが浮かんできた。
感情と言葉が別れたというか…。自己否定に満足したんかな。
そしたら、実験したくてうずうずしてきた。
こんなに思考がずっと叫んでいて、自分が出来上がるなら、思考の言葉を変えたら自分が変わるんじゃね?
まずは意識的に、「ありがとう、愛してるよ、かわいいよ~」を繰り返す。
そしたらまず、身体が元気になるのよね~。
思考はただの言葉てわかってるから、どの内容も疑わずに受け入れられる。
でも、自己否定の言葉が頭の中を回らない人もいるんだろなぁ、思考ってほんと経験から作られるものなんだね。
わたしがなんでそんな言葉が習慣化したのか振り返ってみた。
周りの思った通りにできなかったら、怒られるという経験があり、自分はできないという思い込みが作られたんだろう。
できない→怒られる→だめ、っていうのも、ただの思い込みだとわかった。
そしたら、相手がしたことにイライラして怒るっておかしくない?
自分が怒られてきたからって、同じこと繰り返すの変だなーと思えてきた。
自分の思い通りに相手が動かないからと言って、なんで怒るんだろう?
なんで私って怒られてきたんだ?
なんで私って怒ってるんだ?
別に怒る必要ないよね。
それって小さい子どもの駄々と同じじゃない?
うわっ、わたし、大人なのに、はっずかしい~~~~~。
その時の反省はもう猛烈だった。もうものすごく反省した。
いまだに恥ずかしい。
変わろう。そう誓った。
そしたら、新しい風が吹きはじめた。
まず、相手からの申し出を、とにかく受け入れていた自分が、自分のニーズ「したいか、したくないか」で判断して、したくないときはそう伝える。
それがなんとできるようになったのです!
「したい」とか「したくない」って言ったらあかんのやと思ってたー。
だから、そう言ってくる子どもっちに腹が立ってたけど、したくなければ断るって、至極自然なことなんだね~。
あなたを幸せにするんじゃない。
わたしを幸せにするんじゃない。
いま、あなたと幸せにいきる。
一緒に幸せになる。
ちょっとずつ、一歩ずつ。
たまに後戻りも良し!
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