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コロナ禍2年目の気付き ~社会的受容性が変化 今こそ地方創生の大転換を狙う~  (長野県商工新聞 新春号 寄稿)

 信州大学繊維学部内に拠点を置く産学官連携組織、浅間リサーチエクステンションセンター(AREC)は、2000年に上田市と上田市商工会議所により開設された。信州大学をはじめとした県内外の大学や研究機関とネットワークを結び、産学官連携支援、企業の人材確保、企業・創業支援を手掛ける。2018年に立ち上げた東信州次世代イノベーションセンターでは、広域連携の基盤として次世代・成長産業育成支援を推進してきた。

 地方創生事業は堅調だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大で流れが一変する。社会の変化も大きい。2年にわたるコロナ禍で、もっとも変化が加速したことのひとつが企業や学校のオンライン化だろう。テレワークやワーケーションという言葉が一気に浸透し、新しい生活様式が生まれた。オフィス移転が進み、地方にとっては都会から人を呼びこむ好機になると思われた。

 ところがそれは幻想であった。ワーケーション需要もオフィス移転も当初の見通しほど伸びず、目論見は外れた。企業の採用試験がオンライン化されると、地方から都会を目指す人が増えた。オンラインセミナーも、同じテーマであれば都会のセミナーのほうが集客力にたける。都会と同じ土俵で勝負するには、柔軟な発想で地方にしかない付加価値を高めなければならない。

 地方ならではの付加価値とは何か。多摩大学大学院の田坂広志名誉教授は、ヘーゲルの「事物のらせん的発展の法則」をもとに、ものごとは古く懐かしいものが一段上にアップデートした状態で復活すると説く。たとえば、若者のライフスタイルは、寮からアパートの一人暮らし、そしてシェアハウス、ゲストハウスへと変遷した。人が集まる場に回帰し、人のつながりを求める機会が増えている。オンライン化と人が集まる場づくり。ここに、ヒントが隠れている。

 今後、地方創生の主流となるのはオンラインとリアル(対面)のハイブリッド型だろう。地域企業は動画やSNSを使いこなせる人材調達・活用が急務。ホットな場を生むには、優秀なMC(Master of ceremony / 司会者)人材も必要だ。東信州次世代産業振興協議会主催の「地元高校生のオンライン企業博」でMCを務めた2代目長野県住みます芸人の「ゆでたかの」さん。塾講師の経験を持つ。場の空気を変える存在感と巧みな話術で、見事に地域企業の魅力を引き出した。

 さらに、多くの人にコンテンツを広める配信力を強化したい。ARECは今後、地元発信クリエイターの協力を仰ぎ、体制を築く。地方の行政や会議所は、若者世代にネットワークを持つ地域人材と連携し、Instagram、TwitterやTikTokに食い込むべきだ。

 映像の世界では、立体的な触覚が得られる映像技術、動画授業や旅行体験が可能なVR(仮想現実)など、革新的な技術の開発が続く。次世代の技術にアンテナを張り、次の一手へ結びつけることが課題だ。

 上田の別所温泉に2020年10月にオープンしたサンテラスは、民家をリノベーションして生まれたゲストハウス。リビングやキッチンを共用する。こうした場を活用して、温泉につかりながら合宿型のチームビルディングを行えるのは地方の強み。

 上田市と佐久市にオフィスを構える株式会社はたらクリエイトは、「人と人とのつながりを大切にしたい」と、オフィスのアウトドア化を進める。手始めに、BBQができる「焚き火テラス」と「サウナ」を設置した。合同研修や企業合宿に利用でき、商談の席も設ける。従業員やクライアントとの親交が深まり、メディアやSNSへの露出が増えるなど成果は上々だ。

 人をひきつける戦略・戦術にたけているのは、株式会社地元カンパニー。メディアプラットフォームのnoteを有効活用し、事業の立ち上げや社長の思いを連載漫画にまとめる。全国47都道府県の産品をパッケージ化した「地元のギフト」は、作り手のストーリーとともに届けるのが特徴だ。目指すは「地方創生プラットフォーム」。地域への還元・貢献につなげる取り組みが多くの共感を呼び、株式投資型クラウドファンディングで目標とする5千万円の調達に成功した。

 東信州次世代産業振興協議会は、地域の次世代産業創出に向け動き出している。挑むのは今話題のeスポーツ。地域特性を生かしたゲームコンテンツの研究や、大会・体験会の開催等を検討している。同時に、昆虫食のプロジェクトが進行中だ。技術相談を中心に手掛けてきたARECは、新事業の企画支援や市場調査受託サービスを開始し、地域企業の経営相談事業強化に乗り出している。アフターコロナを見据え、地域企業の転換を支える。

 オンライン化が進む教育界は、これを機にどこへ経営資源を投下するか真剣に考えるべきだ。授業はオンラインを活用し、貴重な人材を対面による就職支援やメンタル面のサポートに集中させることができれば、学生の満足度は上がるだろう。

 地方と都会の大学が連携した相互履修制度は、すぐにでも検討が必要だ。実現すれば、地方に居住しながらブランド力を持つ都会の大学に通える。対面による地域実践学習の受け皿になるのも良いだろう。学費のオンライン割引を採用すれば、家庭の事情で進学を断念せざるを得ない子どもに平等な機会を提供できる。

 オンライン化が、都会の学生と地方の接点を生むメリットは大きい。中高生や学生時代に慣れ親しんだ土地には愛着がわく。卒業後、一度都会で就職した人が地方へ戻りたくなったときに戻れる場所であることが大切だ。それには、地域企業の「働き方改革・経営改革」が先決。情報提供やコーディネータ等の環境を早急に整備し、早くから広報を重ねたい。このほうが新卒の地元大学生に就職を斡旋するよりも定着率が高く、コストパフォーマンスが良い。

 産業や社会が育てば、地方への回帰が促せる。東信州、長野県はもっと本気で「UIJターン」に取り組むべきだ。日本にこれほど豊かな環境はほかにない。コロナ禍前であれば荒唐無稽だと一蹴された考えも、聞く耳を持つ人が増えた。変化に対する社会的受容性が高まっている今こそ、大転換のチャンスだ。