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変化の予兆:即物的な社会変化

価値が生まれるまでのプロセスを視覚化に表現して、問題や無駄を発見していく方法がある。工場の工程管理の考え方を元に、ソフトウェア開発の分野にも応用されたものは、バリューストリームマッピングと呼ばれている。

バリューストリームマッピングでは、それぞれの工程をいくつかに分け、実際にかかった時間をプロセスタイム(PT)、準備のためにかかった時間をリードタイム(LT)として可視化していく。

下図は、市谷聡啓、新井剛「カイゼンジャーニー」という書籍に描かれているものだが、プロセスタイム(PT)とリードタイム(LT)の関係がとても分かりやすく表現されている。

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新型コロナの影響はこのPT/LTの関係を大きく変化させるのではないかと感じている。

下記の記事を読んでほしい。

この記事自体は「新型コロナ」×「5G」という文脈だが、別の見方をすれば、対新型コロナという文脈の中で、PT/LTの大幅な改善が極めて短期間に起きたと読み替えることができる。

何が言いたいかというと、ポスト新型コロナについて、哲学的・社会学的な議論が盛んにおこなわれているが、もしかしたら、もっと即物的な社会的変化が加速するかもしれないし、それはPT/LTで考えるとわかりやすいかもしれないという仮説だ。

もうひとつ記事を読んでほしい。

これも記事もそれ自体は「新型コロナ」×「しまじろう」×「ハローキティ」という良い話であり「うちで踊ろう」の主題と変奏といえるものだが、PT/LTの大幅な改善という文脈でみれば、内部の実際はともかく、外から眺めると、通常であれば極めて煩雑な権利関係の処理が大胆にショートカットされて実現したように見える。

身近なところで「会議」はどうだろう。メールで日時を調整し、誰かが変更を言い出し、また調整して、資料を用意する。実際の会議というプロセスタイム(PT)に対して、相当のリードタイム(LT)という工数を私たちは使っていなかっただろうか。通勤や打ち合わせ場所への移動も会議のためのリードタイム(LT)といえる。

それが、この強制的なテレワーク移行で大きく変化していないだろうか。2週間前にアナウンスしていた拠点間の会議が、「このあと30分ほどいい?」と、開催まで15分で始めることさえ可能だ。会議時間(PT)30分に対して、リードタイム(LT)が2週間から15分に短縮する。

会議開催までのリードタイム(LT)が長ければ、元を取ろうと打ち合わせ時間(PT)も長くなる。しかし、LTがほぼゼロにできれば、その分、PTを繰り返すことができる。一回あたりの打ち合わせ時間はさらに減る。会議の回転数があがる。もし会議を在庫として考えるならば回転数が高い方が効率は良い。

ポスト新型コロナの意味を哲学的・社会学的に考えることはとても大切なことだ。しかし、それは同時に、よいわるいではなく、劇的なほどの即物的な社会変化を私たちにもたらすものと考えることもできるのではないか。

もちろん、全ては仮説。私たちは演繹や帰納の世界だけにではなく、アブダクションという推論の世界にも生きているのだから。

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