チャッターアイランド vol.16

『チャッターアイランド』はDJ/プロデューサーのokadadaとDJ/ライターのshakkeがしゃべったことを記録する、という趣旨のテキスト/音声コンテンツです。毎月1回の配信を予定してます。

柳家小三治師匠追悼

okadada (帰省していた)4日間ぐらい上方落語をずっと聴いてたせいで、ひさしぶりにひととしゃべったらめちゃめちゃ関西弁になってて。
shakke しかも上方落語の関西弁って、いわゆる現代的な関西弁ともまたちょっと違うよね。
okadada 違うっすね。自分は3代目桂米朝が結局いちばん聴きやすくて好きで。それでずっと聴いてたんですけど、そういやおばあちゃんがこういう言葉使いしてたなと思って。
shakke 大阪の関西弁っていうよりは……これは米朝師匠のキャラクターもあるけど、すごく上品に聴こえる。
okadada そうっすね。おなじ関西弁でも“なにしてけつかんねん”じゃなくて、“なにしてけつかる”みたいな言い回し。そういうのもちょこちょこおばあちゃんが使ってたなぁと。“どんならん”ってわかります?
shakke “どんならん”?
okadada どうもならん、みたいな。“そら、どんならんで”みたいな言い方なんすけど。
shakke 現代では使うひとあんまいないよね?
okadada オレもひさびさに思い出しましたね。
shakke いいね。上方落語はそういう方言独特の心地よさみたいなのはあるよ。
okadada なんだかんだ自分が関西人だからか上方落語聴いてるほうがしっくりくるとこはあって。一時期、(古今亭)志ん朝をずっと聴いてたりしたんですけど、それでもやっぱり上方落語やなみたいな。あとは上方落語は小拍子の“パーンッ”って音が入るじゃないですか。
shakke そうだね。上方落語は噺家の前に講談でよく見るような台というか机みたいなのがあって。
okadada それを小拍子で叩いたりとか、三味線が入ってきたりするじゃないですか。あれが好きなんですよね。あれのルーツは……こんなん、知ってるひとからしたら基礎知識でしょうけど、江戸の落語がお座敷でやってたからあの形式、しゃべりだけの形にになって。で、上方は神社の境内とか野外でやってたからああいう鳴り物を使うようになったっていう。ひとを集めるためにやってたっていうね。
shakke 小屋の違いっていうか。
okadada そうそう。ルーツが違うのがおもしろいっすよね。
shakke 自分も米朝はよく聴いてた時期があって。でもやっぱイントネーションはもちろん、噺の組み方も江戸落語とは全然違うからおもしろいっすよね。
okadada あとはメタ落語っていうか、落語そのものの落語みたいな、そういうのも多いんで。そういうの好きじゃないっすか、オレ。噺がメタっていうより、噺の途中で説明が入ったり、その仕組みがメタだなって。で、米朝を好きなのも、よくよく調べたらあのひとはもともとは研究者だったらしくって。大学で上方落語の研究をしてたんだけど、その当時の関西は落語文化が滅びかけてて、後継者がいないからやってくれって言われて落語の世界に入ったらしいんですよね。そういうのも噺を聴いてるとすごく納得いく話というか。
shakke たしかに。もう見た目からしてインテリジェンスありそうな感じするもんな。
okadada これまでそこまで落語を聴いてなかったんですけど、実家に桂枝雀とか桂春団治、笑福亭松鶴のレコードがあったりして。それをこないだ順番に聴いたりしてましたけど。
shakke いいですねぇ。枝雀とかはどうなんですか、オカダさん的に。
okadada 枝雀よりは米朝かなぁ。どっちもおもしろいんですけどね。あとは音だけで聴くならそうなりますよね。
shakke そうね。枝雀はアクションも込みでおもしろいところあるし。この流れでタイムリーな話だけど、柳家小三治師匠が亡くなってしまいましたね。
okadada あぁ、そうだ。オレは全然聴いたことないんですよね。
shakke 自分は現在存命の落語家のなかではいちばん好きなひとだったから。
okadada どういうとこが好きだったんすか?
shakke そうねぇ……やっぱり洒脱さと噺の緻密さのバランスが小三治はベストな塩梅だったというか。なかなかほかと比べられないんだけど、自分が古今亭志ん朝を好きなのもおんなじ理由で。話の緻密さとインテリジェンス、あとは噺家本人のキャラクターがちょうどいいんですよね。いまの(三遊亭)円楽みたいなバリバリインテリジェンスに振ったひとも好きは好きだけど、ちょっとなにか足りない気もしてて。
okadada やっぱり“粋”みたいなことですか。
shakke “粋”、大事ですねぇ。小三治は地元に何度か独演会で来てたから2回くらい行ったことがあって、ラッキーなことに『死神』っていう小三治十八番の噺も観れて。
okadada あ、聴いてみます、小三治の『死神』。
shakke ぜひ。あと、小三治は枕……落語の導入の語りもすごくよいとされており。それに趣味人なんだよね。ジャズとかバイクが好きで、すごくアメリカっぽい趣味を持ってるのもいいなと思ってて。
okadada なるほどね。
shakke あと、これいまはDVDが買いづらいんですけど『小三治』っていうドキュメンタリー映画があって、それがすごくおもしろくて。そのなかで高座に上がる前の小三治の楽屋にたくさんお弟子さんだったりスポンサーだったりが挨拶に来るシーンがあるんだけど。みんな小三治師匠を囲んで談笑してるわけですね。でも当の本人はその談笑のまんなかでイヤホンしながらこれからやる落語をずっと練習してるっていう。その図がもう恐すぎて。その映画当時はたぶん70歳くらいなんだけど、そんなおじいちゃんやばいなっていう。落語の世界だと“60歳過ぎてもまだまだ新米”みたいなことをよく言うけど……
okadada それを地でいくというね。ラッパーのライブ前みたいじゃないっすか。舞台袖で自分の曲ずっとブツブツ練習してるっていう。
shakke そうそう。それを70歳くらいのおじいちゃんがやってんのよ。
okadada ハハハハ。すごいなぁ。やっぱ落語おもしろいっすよね。自分もそんなめちゃくちゃ詳しいわけじゃないんでね、改めて勉強というか、そういう本を読んだりとかして、どういうメカニズムがあるのかとか、歴史をね。シャケちゃんは前から落語好きっていうのは言ってますよね。
shakke これは親父の影響かな。親父が家で講談と落語ずっと聴いてたから。
okadada うちはあんまそういうのがなかったんでね。親父が枝雀のレコード何枚か持ってたくらい。そもそも聴き取れなかったりするじゃないっすか。
shakke それこそ(古今亭)志ん生なんてほんと聴き取りづらいよね。
okadada 志ん生ねぇ。“志ん生がいちばんいいのよ”って話はされるんですけどねぇ。ぼんやり聴いてるからわかんなくなっちゃうんよなぁ。
shakke でも志ん生はムードだからね。あのヨレを楽しむみたいな。
okadada グルーヴでしかない、みたいなね。
shakke 難解な映画とか観てて、最初の導入30分間とか意味わからんくても、観てるうちになんとなくわかってくるみたいな感じ。『七人の侍』とかもさ、最初全然聴き取れなかったりするじゃん。それでも最後まで観たら楽しめるしさ。落語だったらサゲさえわかればいいかっていうね。

グッドイーティング

okadada SFを好きになるきっかけ……原体験みたいなもんがいくつかあったんですけど。まず星新一が家にあって、それに加えてアニメとかマンガ、映画とかのSFもの。あと大きかったのが、最近読み直したんすけど、(ロバート・A)ハインラインの『宇宙の孤児』って読んだことあります?
shakke ないねぇ。
okadada ハインラインのけっこう初期の作品で。それを小学校の高学年ぐらいのとき、図書室に子供向けにリライトしたバージョン(さまよう都市宇宙船 (1972年) (少年少女世界SF文学全集〈17〉)(あかね書房))があって、それを読んだんですけど。どういう話かっていうと、文明としては中世以前なのかな。ある民族が住んでるんすけど、鉄の世界なんですよ。その世界には階層があって、その民族はいちばん下の階層に住んでいると。上の階層にはおばけっていうか、化け物みたいなヤツらがいるんですよ。そいつらは下の階層にある畑に作物を奪いに来るから小競り合いが続いてて。その鉄の世界の社会は原始宗教社会みたいな感じで、そこに住んでいる若い男の話。そこでは村長が船長と言われてるんですよ。それとは別に科学者のグループがいたり、管制官と呼ばれてるひとたちもいて。でもそれってオレらが言う意味での“管制官”ではまったくなくて。科学者たちも物理学の本はあるんですけど、意味もわからず文字を覚えるみたいな……その本を覚えるという宗教的な儀式になってるんすよね。
shakke はいはいはい。
okadada で、この世界っていったいなんなんだろうと思っていた主人公が、上の階層のミュータント軍団にさらわれて、そこのボスのところに連れて行かれる。ボスは頭がふたつある頭のいいミュータントでジョウとジムってヤツなんだけど、そいつが“おまえらは本当に未開人だな”って言うわけです。ジョーとジムが言うには主人公が思ってる世界は恒星間飛行をする都市型宇宙船なんだと。これはSFではよく出てくる装置なんですけど。高速でも近くの恒星に行こうと思ったら何百年もかかるわけじゃないすか。そのためにどうするかというと、たとえばコールドスリープって手段もあるけど、ほかにも都市ぐらい大きい宇宙船を作って、そのなかで子供を産ませて次の子孫を目標の恒星に送り出すっていうアイデアがあって。
shakke いわゆるコロニーみたいなね。
okadada そうそう。その宇宙船も200年ぐらいかけて恒星に送り出すっていう目的の船だっていう。でもその途中で反乱が起きて知識人が全員殺されちゃったんすよね。知識人がいなくなった第3世代以降は地球を知らないから、生まれたコロニーのなかの世界が自明のものだと思っちゃって、どんどん文字も読めなくなってしまって退行していった世界だったっていう。伝承のなかで“遥かなるケンタウリにわたしたちは旅をしている”ってことだけは伝わってるんだけど、それをみんなは死ぬことだっていう宗教的な意味合いだと勘違いしてしまってる。ミュータントも放射線のバリアみたいなものがなくなったせいで20人にひとりの割合で生まれちゃう突然変異種で、上の階層に捨てられたひとたちだったってこともわかるんすけど。それで真実に気づいた主人公は、これを下に戻って伝えなきゃと思うんですけど、やっぱりまわりは“この地面が動いてるわけないやろ”ってなるわけですよね。これってガリレオの地動説のパロディーっすよね。
shakke ハハハ。たしかに。
okadada で物語の終盤、じつは宇宙船はもうケンタウリのちかくに着いてることがわかって、脱出艇を使ってケンタウリにたどり着くというラスト。これ、けっこうみじかい作品で。そもそも子供向けに書かれたものなんで、2〜3時間くらいで読めるっすよ。それをなんで未だに覚えてるかっていうと、まずは都市宇宙船で子孫を別の恒星に運ぶっていう壮大なアイデアっすよね。それと言葉が違うんですよ、普段我々が使っている言葉とは。
shakke ほう。
okadada たとえば“ちくしょう”っていうのはその作品世界では“ハフの名において”って言われてるんですよ。“ハフ”っていうのは知識人に対して反乱を起こしたヤツの名前で、それが伝承として残ってて。で、いちばんすごいのがあいさつ。みんな“グッドイーティング”って言うんですよ。“グッドモーニング”も“グッバイ”も“グッドイーティング”。なんでかっていうと、食料がないからなんです。いっぱい食べるってことがその社会ではめっちゃ重要なことなんですよね。しかも太陽もないし朝と夜が便宜上でしか存在してないっていう。これなんすよ。なにに当時小学生だった自分がびっくりしたかっていったら、オレらが“おはよう”って言ってんのって絶対に不変じゃなくてまわりの要件から決まってるっていうことに気づくっていう。環境の条件が変わったら言葉って変わるんやっていう衝撃。これです。
shakke オカダ少年はそこにいちばん衝撃を食らったと。
okadada そう。“すごい……!”って。自分のSFを好きになる原初体験のひとつですね。のちにオレが社会学とか興味持ったのもそっからはじまってんのかなぁって。


フル音声は以下より

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