落書きされたつくえ
わたしのつくえはだれかさんにつながっています。
だれかさんはだれかわかりません。
でも、わたしがつくえにらくがきをするとおへんじをくれます。
はじめてだれかさんがおへんじをくれたのは二ねんせいのときです。
わたしはつくえにねずみさんのえをかきました。
そうするとだれかさんは「かわいいねずみさんだったね」とおへんじをくれました。
ねずみさんのえはきえていたけど、だれかさんは「たいせつにとってあるよ」といっていました。
わたしが「きょうのきゅうしょくはぜんぶたべられたよ」とかくと、だれかさんは「とてもいいね きょうもたくさんたべようね」とおへんじをくれました。
わたしが「きょうはうんていをさいごまでわたりきれたよ」とかくと、だれかさんは「すごいちからだね、つぎはさかあがりにもちょうせんだね」とおへんじをくれました。
わたしが「きょうはずこうでなかにわのえをかいたよ」とかくと、だれかさんは「じょうずにかけていたね おいけがきれいにかけていたよ」とおへんじをくれました。
わたしはまいにちだれかさんとつくえでおはなししました。
ある日、わたしがつくえにたのしかったことをかいているとおなじがくねんのおとこのこがはなしかけてきました。
わたしがだれかさんのことをはなすとそのこは「おまえほんとにきもちわるいんだよ」といってきました。
わたしはいやなきもちになりました。
そのこはおともだちをよんでわたしのつくえにくろいぺんでたくさんいやなことばをかいてしまいました。
どうしよう、だれかさんにわたしがいやなことをかいたとおもわれてしまう。
かなしくなってぞうきんでふいたけど、いやなことばはきえませんでした。
ふいてもきえなくて。
どんどんかなしくなって。
だれかさんにきらわれたくなくてわたしはたくさんふきました。
それでもきえなかったので、わたしはつくえのはじっこに「ごめんなさい」とかきました。
つぎにがっこうにきたときにつくえをみると、つくえはきれいになっていました。
やっぱりだれかさんにとどいちゃったんだとおもいました。
つくえには「がんばったね だいじょうぶだよ ごめんね」とかいてありました。
わたしはどうしてだれかさんがあやまっているのかわかりませんでした。
でも、だれかさんがゆるしてくれてうれしかったです。
話を聞いていないな。集中が散漫しているな。
彼女に対して初めに抱いたのはネガティブな感想だった。
学年では有名な問題児だった彼女だが、非行が目立つのではなく知的な発達に遅れがあるという意味で問題児として扱われていたことを理解するのに時間はかからなかった。
私が彼女に対して友達ができるようにクラスを運営するのではなく、彼女自身が学校に対してポジティブなイメージを抱いてくれるように1対1でアプローチをしていこうと決めるのに迷う必要はなかった。
それくらい彼女はひとりだった。ひとりにせざるを得なかった。
彼女は他の小学生からするとあまりに異端で、あまりにも弱かった。
ある日彼女は机にねずみの絵をかいていた。
いや、かろうじてねずみとわかる絵に、なってしまっていた。
つまり、彼女の机にたくさんの罵詈雑言が書かれていたということだ。
お昼に見たときはかわいいねずみのイラストだった。放課後、彼女の帰った後にクラスメイトの誰かがやったのだ。
定時もすっかり過去の話になった暗い空を見ながら、なんとか悪口を消して机をきれいにすることができたが彼女のネズミの絵も消えてしまった。
これでは彼女が傷ついてしまうことは私にもわかる。
そこでひらめいた。
机に絵の感想を書こう。
これがいつからか会話に変わっていった。
会話の時間を長く続けられない彼女にとって、1日に1回の机での会話は容易であり、とても楽しいものになったと思う。
実際に給食の話や休み時間の話を聞くことができたし、唯一集中して取り組むことができる図画工作の授業の話は筆圧も強くなっているような気がするほどだった。
会話も習慣になったある日の放課後、学年主任の話を聞き終えて教室に戻ると彼女は泣きながら机を乾いたぞうきんで拭いていた。
やってしまった。
彼女一人に対するアプローチばかり考えていたことの弊害が出てしまった。
クラス全体が彼女とうまくかかわろうと思えるようなクラス運営をしなかったつけがまわってきてしまった。
なんとか彼女を保健室に連れていき、落ち着かせて保護者を呼んだ。
彼女の母親は特に私を攻めなかった。むしろ、常日頃の指導に対しての感謝を述べていた。それがかえって辛かった。
私の指導はひとに感謝されるようなものじゃないのに。
教室に戻り彼女の机を見る。
ぐちゃぐちゃに落書きされた机の端に上手ではない字で小さく「ごめんなさい」。
「ごめんなさい」は私のセリフなのに。
私も彼女のように「ごめんなさい」と何度も言いながら机を拭いた。
そして小さく「がんばったね だいじょうぶだよ ごめんね」と書いた。
二度とこんなことを起こさないと決めた、決意表明ともいえるお返事を書いた。
私が子どものころには怒られた机の落書きを今日も二人でしている。
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