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でち日報2023/05/18

そろそろ月末に向けて体調を整えつつ、月末定例と重ならないように単発のタスクを消化していかねばならぬ。日中の子守りの隙間を縫って開発業務を進めている。予定よりも遅れているので巻き返したい。

以前もやっていた「他の人に進捗管理を頼む」を来週の月曜から再開する。ちょっとしたきっかけが大きく進捗に関わるので、コストをかけてでもその分岐を望ましいものに寄せていく。

昨日も考えていた「なぜ仕事ができないのか?」については、一つ「心的外傷がある」という仮説が立った。

これなら、失敗を恐れる業務の種類が限定的であることと、特に長期的な業務で問題が発生することの説明がつく。

業務中は常に、その負の結果によるダメージが想定される。

このダメージ自体は大したことがなくても、ダメージに対する不安がメタなダメージとして膨大に膨れ上がる。その増大量は作業期間の長さに比例するのだった。

では心的外傷だとして、これをどのように克服することができるだろうか?

量をこなすことだとは思う。ダメージは大したことないし、不安になること自体が業務を疎外する。進捗は工夫によって出る。そういったことを信じることができるようになるには、成功体験を積み重ねていく必要がある。

が、こうした「成功体験」を積むための「成功体験」が無い。となれば、初期段階においては、無根拠な自信、蛮勇を振るい続ける他ないのである。カフェインによる薬理的高揚、生来の勘違い癖、手元にある雑なカードで回して、ラッキーパンチの確率を上げていくのがセオリーだと思う。

そのために、いかに周りに悪影響を及ぼさないでおけるか。試行錯誤の錯誤によって、関係性を死屍累々とさせるのではなく、その被害を自己の内に完結させることが求められる…と、そこまで考えて、それこそが「心的外傷」なのでは?ということに気づく。

では、外側にも内側にも被害を及ぼさない錯誤とは何か?それは「ゲーム」に近似していく。つまり…つまり、どういうことだ???

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