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おじさん小学生の読書メモ13回目

昨日のカフェインの反動で集中力がねえ〜、けどまあ本を読みはする。

功利主義は参加しているコミュで読み合わせをした4章だったのでスラスラ読めた。「手段を求めるのも幸福の一部」というのは、やっぱりスピノザの「知性改善論」にあった内容を彷彿とさせる。

「めちゃくちゃ最高でエターナルな徳をゲットするためなら…」えっと、なんて言ってたっけ…

確認したら、別に「手段を求めるのも幸福の一部」みたいなことはスピノザは言っていなかった…なんなんだ俺の記憶…捏造をすな…

ベンサムは13歳で初エッセイを書き、人間には理性があるのに、一時期の快楽にとらわれるのはイカンという内容だったらしい。そういうストイックな態度のまま「最大多数の最大幸福」につながっていったとしたら、これは面白い。

スピノザの方法、ベーコン→デカルト→スピノザの系譜について語られて、まだ肝心の「方法の無限遡求」をどうするかという話には至らない。続きが気になるけど読むのにパワーを使うので明日にする。

「レヴィナス」、私の責任を責め立てるものは、私に対面する他者の「顔」である、という主張でまっさきに思いつくのはSNSの誹謗中傷による殺人だ。

顔が無いのだ。一方で、ライブ配信なら配信者の顔が見えているかもしれないが、しかし「相手には私の姿(顔)が見えていない」という時、少なくとも対面しているという状況ではない。ここにはプライバシーとは違う緊張関係があるんだな〜と思った。もう面白い。

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