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浦賀日誌(六) 彼岸花が終わる

彼岸花が終わる

隔年に咲く彼岸花が、今年はよく盛っていた。この花が終わると、散歩道の斜面を濃い秋が覆いつくす。昨晩、中秋も終わってすっかり三日月になった写真を撮る若い友人に「月並み」という言葉を投げつけ、このことについて SNS上で往還した。

大槻文彦を引いてみると「月毎ニアルコト、年中ノ月月ノ次第、月次」などとある。翻って、現代、この言葉は「平凡」とか「ありきたり」などの意味で使われることが多くなった。わたしにも青春はあった。むしろ、ありすぎた。幾人目かの元彼女と、あのとき、なぜ、結婚しなかったのだろうか、という話を数十年後になってしたことがある。結果的に、大きな山に登り、そしていま、谷底のような人生を送っているので、もし一緒になっていたら、失望させることになったかもしれない、というようなことを喋ったような気がする。まことに、身勝手なもの言いだ。彼女はわたしと決着したあと、勤め先の同僚と恋をし、結婚して二人の子供をもうけ、みごとに育てあげた。その人生は、月並みが支配したのか、それとも、山あり、谷あり、だったのだろうか。こんど会うようなことがあったら、いちど、聞いてみたい。

崖の彼岸花

男は山や谷を渡るのを好み、女は平原の月並みを求める、とは、ステロタイプの言説で、おそらく正しくない。月並みを志向する男だって、そこいらじゅうに、うじゃうじゃいるじゃあないか。ただひとつ言えるのは、女性は生理的にある年齢に達するまで大槻の定義する「月並み」を備えているので、そのサイクルで、つねに日常、あるいは現実を振り返り、本能的に急峻な山や深い谷を回避することができるのかもしれない、とも思う。男は、多くの場合、歯止めがなく、暴走する。

中秋を万年歴で調べてみたが、記述はなかった。はたして、それは「二十四節気」に含まれていなかったのだ。三日月の一夜、今年は勢いよく咲いた白い彼岸花の写真を整理しながら、脈絡もなく、あれこれそんなことを考える。大槻文彦の解釈によれば、三日月とは、陰暦ニテ月の第三日ニ出ヅル月影、とある。字ずらとおりで、ああ、なるほど、そうだったのか、と思う。来年の斜面に、白い花はきっと咲かないだろう。自然界も、やはり、大槻の定義する「月並み」の繰り返しなのである。きょうも、また、そろそろ、朝が、白々と明けてきたようだ。

赤彼岸花

上のいたずら書きをを読んだ実兄が、次のような読後感を送ってくれた。

行間から暗愁が立ちのぼっているように思えます。少しく気懸かりではあります。この時季に決まって想い出す牧水の歌二首:かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり(酒飲みにはうれしい一首です)ご自愛ください。

それに、以下のように返信した。

心配無用!このような筆運びができるのは、精神の調子がよいときです。牧水の歌、いいですね。遣る瀬のないこと、不条理を、静かにそのまま受けとめた潔さが感じられます。人の心とは、こうあるべきなのだ、と思いました。

Leica T+ Summitar f=50mm 1 : 2 など

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