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睡眠具-looking(5)

「ねえ、ティコはいつも起きてるけどさ、眠くなることってないの?」
答えるはずもない、ティコに語りかけるライマ。ぬいぐるみは、寝たりなんかしないもんな、と顔が綻ぶ。彼女はどこまでも少女なのだ。
しかし、次の瞬間、聞き覚えのない声が耳に飛び込んできた。
「あたしは、瞼がないから、目が閉じられないんだよお」
「だよね」

まさか、そんなことがある筈がない。

いやいや、今自分が見ているのは夢だ。なにも不思議なことではない。となるといつも見ていたあの映像は全て私の夢に過ぎなかったのであろうか?いや、ティコをライマの家に置いてもらうまでは毎日こんな風に彼女を見ることはなかったのだ。ただ単に夢を見ているだけとは、どうしても思えない。これは確実に睡眠具の少女が見せている、不可思議な現象なのである。

「ねえ、ティコ、いつの間にお話できるようになったのさ。いままで、こんなふうに、私の声を聞いて、お話してくれることなんか、なかったでしょう」
「それは、ないしょ」

ああ、うっかり私がマイクを付けて貰ったことを漏らしてしまうかと思いきや、黙ってくれたようだった。よかった。いや、安堵している場合ではないのだ。

「そうだ、ティコとお話できるようになったから、してみたいことがあるの」
「なあに」

そう言うとライマはベッドから抜け出した。空っぽの空間だけが目に残る。何やらガサゴソと漁る音が頭の後ろから聞こえる。
いま、何してるの。
振り返りたい。

そう思った矢先、視界がぐわんと後ろを向きながら高くなった。寝具屋の少女は、私の意思が反映される機能までつけてくれたのだろうか?どこまでも私の心を見通しているようだ。彼女は何者なのだろうかと怖くなって少し身震いがした。

次の瞬間、姿見の前に立つ彼女と目が合った。
両腕には、甘いフリルのたっぷりと付いた長いワンピースを抱えている。空いた窓から吹く風が、やわらかい裾のフリルを揺らしている。

「ティコ、こっちきて」

私は姿見を覗き込んだ。

「ほら、やっぱり似合うよ」
鏡の中には、緑髪のショートカットの少女。
明かりが落とされて暗い部屋の中、微かにカーテンの隙間から差し込む月明かりが短髪の少女の顔を浮かび上がらせていて、僅かに髪色が解る。
どうして…と言葉が出そうであったが、姿見の中の少女の口は動かない。言葉が詰まる。

「ティコっていっつもストライプのシャツワンピしか着ていないでしょう。たまには別の服だって合わせてみても、かわいいんじゃないかと思って」
「これかわいい、着てみたい」

ライマはベッドにやわら服を置いた。姿見の前で服のボタンをひとつ、またひとつ外していく。ボタンが外れる度にどうしようもない焦燥に駆られて脳の後ろが熱くなってくる。
短髪の少女のシャツワンピースがぱさりと音を立ててフローリングに落ちる。彼女の裸体が露になる。月光が裸体の輪郭をなぞって艶々としていた。目が覚めてしまいそうになるのを必死に堪えながら夢に留まる。同時に、この夢から逃げ出したい自分と葛藤していた。

そうこうしている内に、ライマは、短髪の少女の細い腕にギャザーが寄せられて広がっている柔らかなワンピースの袖を優しく通す。

「ほら、できたよ」
「カワイイ!」
「しーっ、はしゃいだら家族が起きてきちゃうでしょう」

短髪の少女の笑顔を見て、下唇をぎりりと噛む。
この感情は、明らかに、やり場のない嫉妬であった。



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