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睡眠具‐looking(6)

眠れるはずがなかった。こうなる以前のように、ライマの盗み撮りを目に流し込んでみても、まるで腹の虫がおさまらない。脳内を這いずり回る嫉妬が私の四肢をばたつかせ、掛け布団が大きな音を立てて床に雪崩れる。
喉が渇いた。

冷えた床を一歩ずつ、伝うように歩いてゆく。硬い床の感触一粒一粒が脳の底を澄み渡らせていく。そして、キッチンの電燈の紐をカチリと引いた。
水をグラスに注いでゆく。

まだこれが何かの不具合である可能性を捨てきれずにいた。しかし、こんなに明瞭に少女の身体の輪郭や二人の表情を憶えていては、やはりどうしてもただの夢に過ぎないようには思えないのである。

明日、本当のことを確かめにいく。
グラスから溢れた水に打たれて、キッチンに溜まった洗い物がカチャカチャと音を立てていた。

******

「どうぞ、ゆっくりしていって。久し振りなんだから」
ライマがコーヒーをトレイに乗せて運んできた。まるで映画に出てくる喫茶店のウエイトレスのようだ、と惚れ惚れする。
いつも夢の中で見ている彼女の部屋が明るいというのは、なんだか新鮮である。あらためて見ると、整然としていて彼女らしい。

「ライマって、いつも部屋きれいにしてるよねえ」
「ふふふ、ルッキに比べたらそうかもね」
「もう、揶揄わないで…」
しまった、「いつも」なんて言ってしまった。が、彼女は気に留めない様子である。
ベッドから、例の緑色の猫がつぶらな瞳でこちらを見ている。
あれが少女になるとは、思えないのだが。

「そうそう、ルッキちゃんね」
ライマの声で我に返る。あのぬいぐるみと、目が合っている気がしてならなかったから。
「わたし、漸くあの子とお話する夢を見られたの。ほら、今までは、わたしが呼びかけても答えてくれないもんだったから…」
「ふうん、良かったじゃない。」
「何、急に素っ気なくなっちゃって。お手洗い行ってくる。」

艶のある木目調のドアが音を立てて閉まる。つい、彼女にざっかけない態度をとってしまった。
「嫌われたかな」

うちつけに、後ろから声が飛んできた。
「なにをぶつぶつ言っているんだにゃあ」
振り向くと、ぬらりと緑のショートヘアの少女がベッドの前に立っている。

「あんたは知っているでしょうけど、わたし、昨晩ライマに綺麗なおべべを着せてもらったのよ。白くて、ふわふわで。彼女、似合ってるって、褒めてくれたの」
「見たよ。さぞ嬉しかったでしょうね。あんな可愛い娘に、おまけに一張羅まで脱がされちゃって。口がぽっかり空いてた。あの情けない顔といったら」
昨晩から思っていたことが全部、口をついて出る。
「なあに、まさか嫉妬してるの?わたしを通じて監視なんてしてる癖に?弱み握ってんのは、あたしなんだよ」
「なんだと…」

「ただいまー」
「あ、ライマ」
ライマから、視線をふっと外すと、あいつはただのぬいぐるみに戻っていた。





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