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睡眠具‐looking(1)

スマホの時刻は午前三時を回った。布団に覆い被さった暗闇の中、彼女の声をイヤホンで聞き続けている。

「最近、あんまりよく眠れてなくてさ。」
声の主は、クラスメイトのライマである。彼女は私の家のソファの上、私に凭れ掛かっている。昼下がりの陽射しが彼女の美麗な顔立ちを照らし出している。
それに比べて私の顔はどうだろう。鼻の下は伸び、耳まで真っ赤に染まっているのがカメラ越しにも見て取れる。なんとも情けない。
「もう、ルッキの膝で寝ちゃおうかな。」
ライマの呟きを聞いた私の表情は、より一層目も当てられなくなった。

私が眠りに落ちる前に動画は終了してしまった。昨日の休日、自宅にライマを招いたときは、観葉植物の隙間に仕掛けておいたカメラを起動させるタイミングが掴めず、これっぽちしか撮れていなかったのである。惜しいことをした。動画の中の彼女を小一時間程も見つめていたというのに、まだほとぼりは冷めやらない。早く彼女の声を生で聞きたい。その顔を生で見たい。彼女に触れたい。思考が脳内を循環していく。

また眠れない。

もうこんな生活にも限界が来ている。そろそろ噂に聞いていた寝具屋「睡眠具」を訪ねてもよい頃だろう。
「睡眠具」はいかなる不眠の原因があったとしても、その人に応じた寝具を提供し、どんな人でも眠らせてしまうという言われのある老舗寝具屋であるという。加えて営業は深夜のみだそうだ。私の家から少し歩いたところの裏路地に建っている。

夜中に家を抜け出すのは初めてであった。彼女のことを考えていた胸の高鳴りも相まって、夜の静けさに鼓動が煩く鳴っている。
オレンジ色の街灯だけが立ち並ぶだれもいない道を歩き、交差点を渡ったところで左に折れると、木造の大きな看板が見えた。一本だけ、葉を殆ど落とした弱弱しい木が文字に被さっている。

息をひとつ吐き、扉を押し開けた。ドアチャイムの当たる冷たい音がする。
ドアの向こう側には、夥しい数の寝具。寝心地の良さそうなオーソドックスな枕から、動物や野菜、果物を模したベッドなど多種多様である。そしてそれに成り代わるであろう様々な生地が所狭しと積み上げられている。乱雑としているものの、店内全体は木目の壁に柔らかい照明が反射しており、落ち着く雰囲気である。
しかし、店内には誰も見当たらないのである。
「ごめんくださーい」
呼びかけると、堆い生地の山から少女がひょいと顔を出した。
「いらっしゃい、すみません気が付かなくて」
少女はぺたぺたとスリッパを鳴らしてこちらに歩いて向かってくる。そして、ダウナーな瞳で私を見て言った。
「こんな時間に随分とお若いお姉さん。眠れませんか?」
「はい…」
「思い当たる原因とかはおありで?」
「毎晩、考え事をしてしまいまして」
「考え事といいますとな?」
「そ、それはちょっと…」
私が視線を泳がすと、彼女はすかさずニヤっとして、
「さては恋ですね?」
この人には全て見透かされているような気がする。
「いいでしょう、どんなお方なんですか?」

「つまりは彼女のこと…四六時中見ていないと気が済まないようですね。」
「お恥ずかしながら…。」
どうせ寝具屋に足繫く通うことはないし、顔を合わせるのもこの一度きりだろうと考え、思いの丈をすべて話してしまった。好きな人が女性だろうと、何も咎めることなくさらりと聞いてくれた。流石に彼女が家に遊びに来ている時に盗み撮りした動画を夜な夜な見ているなんてとても言えないが。

少女は店の奥でなにやらガサゴソした後、
「そんなあなたにはこれなんて如何でしょう」
手渡されたのは枕と…猫のぬいぐるみである。手作り感満載で温かみがある。襟付きの縦縞パジャマがかわいらしい。
「ぬいぐるみを抱いて寝れば安心するっていう人も確かにいますけど…いい年してって感じなんで、枕だけにしようかな」
「いや、お姉さんが抱いて寝るんじゃないですよ」
「え?」
「これは意中の方にあげて、お部屋に置くようにしてもらってください。このぬいぐるみ、特殊なカメラが仕込んでありまして…」
「ああいやいや、そういう犯罪的な行為がしたい訳じゃなくてええ」
私の言えたことではないが。彼女は遮って言う。
「いや、盗撮する訳じゃないんです。この枕で寝ている間だけ、ぬいぐるみの視界に入り込めるんです。つまりは、夢の中で意中の方を見ていることができるってこと」
この人は一体どこまで私のことを見透かしているのだろう。少し身震いがした。それは随分と魅力的な話であった。
「わかりました。買わせていただきます」
「機能ももちろん画期的ですが、うちの枕、寝心地には自信あるんで。それでは、良い夢を。」

店を出ると、僅かに東の空が白み始めていた。明日、いや今日か。はライマの誕生日である。













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