ラブレターと多様性

※2021年夏に書いた文章です。

二十歳の夏、友だちと行った免許合宿で人生初のラブレターをもらった。

私たちよりも少し前に合宿に来ていた20代半ばの男性、山田さん(仮名)から。

山田さんが講習を終了して合宿を去った翌日、講習の受付にいったら教習所の人に「山田さんからお手紙を預かっています」と渡されたのだ。

「好きになってしまいました。よかったら連絡ください」というそれはそれは真っ当なラブレターだった。

山田さんは優しいお兄さんという感じでかっこよかったしSNS教えて?ではなく手紙に連絡先を書くという奥ゆかしさに感動しつつ結局連絡しなかったのだけどそれは置いといて。

なんで今こんなことを書いているかというと、その手紙に、「名前のこと、何も言わないでくれてありがとう」という一文があったことをふと思い出したから。

山田さんは確か原付の免許は持っていて、合宿で仲良くなった頃に見せてもらったことがあった。

その氏名欄に、「山田」という名字とともに、「朴」だったかな、朝鮮系の名前が書いてあったのだ。

私はそれがどういうことかよくわからなかったのでスルーしただけだったんだけど、後から友だちが「山田さんって在日だったんだね」と言って初めて、ああ、そういうことか、と気が付いた。

在日、というのは「在日コリアン」のことだ。一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センターによると、在日コリアンとは“日本の朝鮮植民地支配によって渡日し、戦後はさまざまな事情で朝鮮と日本を行き来し、現在、生活基盤を築いて日本社会に定住している人々”と定義されている。
在日コリアンとは|一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター

在日コリアンの方が朝鮮の名前のほかに日本の”通称名”を持つ理由についてもこちらのページに書いてあるので読んでみてほしい。

「何も言わないでくれてありがとう」
やや緊張した面持ちの山田さんの顔を思い出す。どんなことを心配していたのだろうか。

***

それから9年後。
2020年東京都知事選のとき、学生時代からの友人がSNSで「『罰則付きのヘイトスピーチ禁止条例』の制定を目指さない候補者を、そうと知ってて支持する人はもちろん、知らなくて支持する人とも友だちになれない」といったことを書いていた。

「数ある政策の中からヘイトスピーチ禁止条例だけでそこまで言う?」「価値観の違う人とも話し合うことで理解が生まれるのでは?」「というかそんなことSNSで書かなくても…」と仲がよい友人だけにひやひやもやもやしたので、そこまで言わなくても…的な連絡をしたところ

「言いたいことはわかるけど、自分の存在を真っ向から否定してくる人たちと話し合うのはとても傷つくしエネルギーを消耗するので自分にはできない(要約)」という答えが返ってきた。

そうだった、彼女は在日コリアンだったんだ。ヘイトスピーチを調べてみると、在日コリアンに対して、本当におぞましい言葉を投げつけている人たちがいる。

彼女がヘイトスピーチ禁止条例を重視するのは当然だし、ヘイト禁止に積極的でない候補者を支持しないのもそんな候補者を支持する人と友だちになれないのも当然だ。友だちにならなくていい。私はなんてバカで無礼だったんだろう。

私の言葉も彼女を傷つけてしまったと思うのに、丁寧に説明してくれた友人には感謝しかない。

今年はヘイトスピーチ解消法施行5年らしい。でもまだまだヘイトスピーチはなくなっていない。2020年の都知事選でも「反日朝鮮人をたたき殺せ」「日本にいる韓国人を焼き尽くせ」といったヘイトスピーチを繰り返していた候補者が17万票以上を獲得している。

***

先日開幕した東京五輪のコンセプトは「多様性と調和」らしい。聖火の最終点火者は、大坂なおみさんだった。アナウンスでは彼女が複数の国のルーツを持つことが語られた。

きれいごとは大事だ。日本は多様性を尊重するというメッセージ。

一方で、現実は、あらゆる差別が「ある」ということを、覚えておかないといけないと思う。女性差別も人種差別もLGBT差別も障害者差別も。

欧米では黒人差別に続き、コロナ禍でアジア人に対するヘイトが問題になった。多民族国家は大変ね、と対岸の火事のように思っている人もいるかもしれないけど、日本にも民族的にさまざまなルーツを持つ人たちがいる。

信じられないような差別が「ある」ということ。2020年の私は、そのことに気がついていなかった。いや、知っていたけどスルーしていた。自分には関係ないと思っていた。

多様性を尊重するというのなら、多様性が尊重されていない現実から目を逸らしてはならない。そして差別に対しては不寛容でなければならない。友だちになる必要なんてない。

差別に対して立ち向かうのを、差別を受けている当事者だけに任せるのはあまりにも残酷だ。

信じられないような差別が「ある」。
この現実に、わたしはどう向かい合えばいいんだろう。

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