北斎の生涯を知りたくなる。−ついに北斎期!−まるで大企業創業社長の心意気。
今日は北斎の”北斎”としてのデビューしてからの人生を勉強していこうと思います!39歳から54歳までの間15年間!
”北斎辰政”と名乗りその名を広めるために『亀図』を自費で刷り、配ったといわれています。
その『亀図』がこちら。
確かに画号がはっきりと北斎になっている!なんか嬉しい笑
この図の北斎とある画号の下に、赤いハンコがありますが、これは”師造化”と刻まれているようで、師=自分の師匠・造化=森羅万象であり”自分の唯一の師匠はこの世の全ての物事である”という意味があるらしいです。
誰のやり方にも囚われない、全てを吸収していく姿勢が強く表れていますね。39歳のこと。
北斎は外国人に対して大変強気に挑んでいたと言います。日本は遅れているとか外国の方が優れているという考えに拘らず、自分の絵師という職業や自分の作品に矜持を持って接していたらしい、、!すごいですね、言葉も違えば文化ごと全く違う環境の中で自分を表現できるのは、英語の勉強を学生のうちから必修にされて留学の機会が与えられインターネット上でも外国人と話すことができる時代に生まれた私でさえ、当時の北斎のような態度でいることはできないだろうなと思います、、。
今で言う大企業の社長のような性格だったのかもしれませんね。。
その後、読本の挿絵を描く時代に入ります。この前の『北斎づくし』展で一つのブースが出来上がって特集されていました!あれか!
読本の挿絵を描くことはとても高い技術を要するようで、読本の内容を理解しそれを表現する力や読者がわかるように描く力などが必要だと言うこと。ただ絵の知識や絵を描く表現力・個性があればいいわけではないのがすごいところ。
展示にあったのが『新編水滸画伝』『椿説弓張月』『北越奇談』『釈迦御一代図会』でした。
『水滸伝』を以前歌川国芳の『浦嶋太郎玉手箱をひらく』の絵で一度調べたことがあったので展示を見た時、なんでも調べて見るものだなあと実感しました笑
この『新編水滸画伝』の挿絵はなんとなく『神奈川沖浪裏』の影を見ることができる作品です。これは読本作者である曲亭馬琴との初タッグである作品です。
『椿説弓張月』は平安時代の源為朝について、史実とは異なる一代記であり曲亭馬琴の代表作。それをかなりの奴迫力な絵で表現しています。普通の白黒の絵のように白地に黒の表現ではなく、黒字に白を塗っていると思うくらい素人目からはごちゃごちゃして何がなんだかわかりません笑 振動や風、地鳴りや砂埃まで伝わってくるような表現です。
『北越奇談』は橘茂世による、越後の怪異や自然にまつわる奇譚、妖怪譚や考古学資料を集めた本。そこに著される妖怪や現象についての絵を描いていったのが北斎。自然現象や妖怪が現れることで起こる風や水の響めきを描くには、やはり『神奈川沖浪裏』ような技量を持つ北斎が匹敵だったのでしょう。
北斎がもう一つ関わった読本作品『釈迦御一代図会』は北斎86歳の時に携わった作品であると言います。これはまた後日にしようかな笑
明日は北斎期後半、『北斎漫画』から見ていきます!
やっぱりてんこ盛りだ笑
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?