アップルペンシルをなくして見えてきたもの(そんなものはない)
アップルペンシルをなくしてしまった。僕はiPadで仕事の絵を描いているので、ペンシルがないと非常に困ったことになってしまう。関係ないけどiPadを「アイパッド」と書くとめちゃくちゃ違和感あるけどApple Pencilは「アップルペンシル」表記の方が個人的にしっくりくる。いつか堂々と「Apple Pencil」と書ける日はくるのだろうか。そしてその時世界は、君は、どうなっているのだろうか……。
間が悪いことに、今日中に提出しなくてはいけないイラストがいくつかあった。なくしたアップルペンシルをじっくり探している余裕はない。仮にうっかり飲み込んでしまっているとしても、出てくるのを待つのも厳しい状況だ。仕方がない。僕にできることはただ一つ。
「己の管理能力の無さを呪いながら泣く泣くアップルペンシルを買い直す」
のみである。本当に心から不本意だがそれしかない。僕は「街のアップルペンシル屋さん」ことヨドバシカメラに向かった。
アップルペンシルには第一世代と第二世代のものがある。僕の使っているiPadは古い型なので、対応しているアップルペンシルは第一世代だ。ちくしょう。なんでわざわざ古いタイプのものを自腹で買い直さなければいけないんだ。こんなにも心躍らない買い物があるだろうか。それではお聴きください。Nobodyknows+で『ココロオドラナイ』。
第一世代のアップルペンシルには12000円弱の値段が付いていた。なかなかの値段である。世の中の棒の中で一番高いのではないか。芋けんぴと比較したらえらい差だ。緑茶にも合わないくせに調子のってんなよ。僕は心の中でブーブー文句を言いながら、立派な箱に入ったアップルペンシルを購入した。自分への苛立ちから「アップル製品は返品できませんがよろしいですか?」という店員の言葉に、嫌なトーンの「大丈夫です」を返してしまった。その節はすみませんでした。
予想外の出費は悔しいが、何はともあれこれで作業をすることができる。今日はおじさん×2、猫×1を描く必要があった。気持ちを切り替え、新品のアップルペンシルを開封すると、まずはおじさんAから描き始める。顔を描き、胴体に差し掛かったところでスマートフォンにLINEが届いた。地元のテレビ番組のスタッフからだ。
「移動車の中にアップルペンシルが落ちてました。今日のスタジオで回収してください」
それはアップルペンシル発見のお知らせだった。新しいものを使い出してから僅か20分後の出来事だ。
ちょっと気持ちの整理がつかない。まさかこんなタイミングで見つかるとは。いや、そりゃ見つかるに越したことはないのだが、今日回収できるとわかっていたらわざわざ買い直したりしなかったわけで、見つかったことにより無駄な出費感がより増してしまった感じがする。なんでよりによって今なんだ……。僕は自分の運命を呪った。
ガタンゴトンガタン。
テレビ局に向かう電車に揺られながら、僕はちょっと古いタイプのアップルペンシルを2本持つことのメリットについて考えていた。
・いざという時に箸として使える
・1本で描きながら、1本でオーケストラの指揮をすることができる
・つなげて長い1本にできる
・1本で描きながら、1本でトンボの目を回すことができる
・クロスさせてドラキュラにダメージを与えられる
どれも現実的とは言えない。僕は2本持ちのメリットを考えるのを早々に諦めた。とりあえず、見つかったアップルペンシルを回収したら新しい方は箱にしまおう。そして、使い古した方のアップルペンシルを使って、おじさんBと猫を描こう。
ガタンゴトンガタン。
窓の外を田園風景が流れていく。夏の太陽にキラキラと輝く稲の葉の一本一本が、まるでアップルペンシルのように……全然見えなかった。
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