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巡る陰毛、旅立つ陰毛。

ひとり暮らしの部屋のあるあるとして、「なんでそこに?という場所に陰毛が落ちている」というものがある。これは本当にそうで、よく見れば部屋中至る所に陰毛を確認することができる。つまり僕は常に陰毛に囲まれて生活しており、むしろ陰なのは僕の方なのだ。毛の中に“陰人”としての僕が存在しているのである。

そんな部屋のあちこちに散らばった陰毛が向かう場所はどこかというと、洗濯機の中だ。体から直接、もしくは一度部屋を経由して服に付着した陰毛は、最終的に洗濯機に集まってくるのである。すべての道はローマに通ず。そして、すべての陰毛は洗濯機に集まる。そういうことだ。急にローマを引っ張り出したことについては、悪かったなと思う。

そんな“イッツア陰毛ワールド”のごとき洗濯機で洗われた衣類には、当然のように陰毛が付着することになる。その衣類を部屋干しすることで、乾いた服からまた部屋に陰毛が落ちるのだ。そうしてここに、部屋→衣類→洗濯機→衣類→部屋の“陰毛サイクル”が完成する。

つまり、同じ陰毛に見えても、そこには“1周目”のものと“2周目”のものがいるのである。中には10周以上している猛者もいるかもしれない。10周ともなると、醸し出すオーラが違ってくるはずだ。

干している間に勝手に落ちればいいのだが、稀に衣服に付いたままになる陰毛もいる。次の環境へと進むことを拒む、いわゆる“モラトリアム陰毛”だ。そういう輩は、乾いた衣服をバサバサと広げることで強引に落下させる。多少手荒かもしれないが仕方ない。彼らも次へ進まなければならないのだ。次に衣服に付着するときは、きっともう少し大人になっていることだろう。

そんな“モラトリアム陰毛”の中で、ひときわ厄介なものがある。それが、“分厚めの靴下に刺さった陰毛”である。厚みがあって伸縮性のあるタイプのゆったりと編まれた靴下は、糸と糸の間の隙間が比較的大きい。その隙間に、ごく稀に陰毛が突き刺さってしまうのだ。

縦の糸はあなた 横の糸は私 その間に陰毛

風の中のすばる 砂の中の銀河 靴下の陰毛

とでも言ったところだろうか。

この陰毛の厄介なところは、多少パタパタやったくらいでは下に落ちず、乾いても刺さったままになっていることだ。そのため気づかずに靴下を履いてしまい、移動中の電車の中などでふと足元を見たときに「陰毛刺さってるじゃねーか!!」と驚くことになる。そんな時、僕はさりげなさを装いながら靴下から陰毛を抜き取り、こっそり電車内にリリースする。その瞬間、彼は部屋の中で完結していた閉じたサイクルから解放され、自由になる。

広すぎる世界の中で、彼はいったいどんな景色を見るのだろう。そして、彼には今後どんな試練が待ち構えているのだろう。

もしかしたら、あの部屋のサイクルの中にいればずっと平穏な幸せが続いたのかもしれない。

だけど、いや、だからこそ、彼は飛び出したのだ。未知の世界へと。自分自身の未来へと。

さようなら、陰毛。

またどこかで。


……なんてことを考えることは全然なく、だいたいいつも靴下から抜き取った瞬間に陰毛のことは忘れてしまう。

だって仕方ないじゃないか。

陰毛だもの。


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