黒づくめ

パンツ、靴下、シャツ、ズボン、半袖シャツ、不織布マスク、どれも黒を選んでいる。綺麗に感じるし、お洒落をするのは楽しい。眼鏡も部屋でしかつけない。外に行くときはいつもコンタクトレンズをしている。裸眼だと0.1くらい。これでは補助無しには行動できない。あの夜もそうだった。ドッキリカメラの撮影が行われ、僕はスタバを抜け出し(エキストラたちが入り口で集合していた)駅に辿り着く。電光掲示板に光る文字が読めない。スタバのゴミ箱に眼鏡を放り込んだので、横断歩道から駅までは問題なく道を選べるが、駅からどうやって帰ればいいのかがわからない。スマートフォンで確認したくとも電源は切れている。こんなことなら初めから撮影は中止にして仕舞えばよかったのだ。ホテルの部屋に入った時からすぐにモニタリングのドッキリなのは分かっていた。トイレからは不気味なぽちゃんという音が聞こえるし、壁には不気味な緑色で描かれた絵が飾ってある。フロントに落とし物の黒い水筒を届けても意味深な演技をするばかり。休憩室に再度訪れると、シャワーを浴びる前にはなかった監視カメラが新たに天井に固定されている。ドッキリカメラなんて初めから受け付けない。部屋に入ってからアラームクロックの電池を取り出し、ベッド前のテレビにはパジャマでカバーをした。もしも怖い映像が流れたら僕には耐えられないからだ。夜の駅。路線図を確認できない。二、三回ほど降りる駅を間違えたが、無事に東京駅に着いた。そこからは東海道線に乗るだけなので問題はない。と思えば、ドッキリカメラの仕掛け人が妹に変装して隣に立っている。降車駅で彼女も降りたので「駅員を呼んできて欲しい」と伝えた。改札を通過する人々の流れを横目に僕は駅員にお願いして救急車を呼んでもらった。ヤクザに階段から突き落とされると思い込んだからだ。屈強な三人組に捕まられて駅から脱出した。救急車内で事情聴取。起きたこと、何が起きているのかを伝えた。けれどドッキリカメラの撮影にあうのは稀なことだ。統合失調症の妄想症状だと思われてしまっても仕方がない。とりあえずそのまま自宅まで向かった。大雨の夜。玄関に上がると母が混乱している。僕が警察や救急車を呼ぶと取り乱すのだ。父親が母親を殺害しようとして心を痛めてる。自分のせいだと信じている。うつ病の母はしばらく慌てふためき、夫に嘆いた。僕は予備の眼鏡を探し当て、翌日は新しい眼鏡をかけて診療所へ向かった。この診療所でも偽の収録テレビ番組を使った面白いドッキリカメラの撮影があったので、入院する前にちょっとした楽しみを提供してくれた。

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