「バレンタインデーに女を一人にしておくなんて男じゃない! そんな男とはもうつき合いたくない!」 電話で事態収拾不可能と悟った。慌ててチケット買って香港経由で深センへ飛んだ。 着いてすぐ深センの街へ。いつもと違う。きらびやかに彩られた目抜き通り。彼女と手をつないで歩いた。 「赤いバラが欲しい」 通りにある花屋はどれも例外なく赤いバラを売っている。店を正面から見れば赤いバラしか見えない。バラの濃い紅色が目に痛い。日本とは明らかに違う風景に驚くが、そんなそぶりは見せず頷いた
梅雨の最中とはいえ清々しい朝。二泊三日の出張に。宇都宮まで快適なドライブ。 湾岸線を走ってると電話が鳴る。細君からだ。 「忘れ物したね」 何だっけ?免許証か?財布か?車が混み始めた車線を見ながら思案。 「生活費置いていかなかったね」 そうだ。昨晩言われてたんだ。抵抗せずに詫びる。 「もうひとつあるね」 何だろうと考えるが出てこない。すると細君が、 「ゴミ出しに行かなかったね」 頭の血が逆流する。テメーはずっと寝てたじゃねーか。 起こしちゃいけないと気を使った自分
「おねえちゃーん」 その言葉にはすべて濁点がついているようだった。 新幹線に乗ってお茶を飲んで文庫本を広げる、なんてことは遠い昔だ。それは出張を終えて家路につくときの誰にも邪魔されない貴重な時間だった。 携帯電話を持つようになっていつでもつながるようになった。こちらが望まなくても電話が僕の時間を中断させる。パソコンもいつでもつながる。途絶えることのないメールは受信トレイをいっぱいにする。高速で滑走するリクライニングシートで背中に振動を感じながら、時間を惜しむようにして
ヨットレースを追いかけて(2) ジュリアンは僕より10くらい年上でヨットの経験が長い。プロとして大陸間のヨット回航の仕事もこなす。僕も彼とは2度、長距離の回航をやったことがある。 1度目は94年にニュージーランドからフィージーの約1,000マイルを8日かけて渡った。ヨットは40フィートでオーナーはハワイから来た夫婦だった。経営しているお菓子工場を兄弟に任せて、ホリデーのためにニュージーランドにやってきたという。ヨットをオークランドで購入しフィージーまでの処女航海を、自分た
ヨットレースを追いかけて(1) もう23年も前の話になる。当時ヨットに乗っていればそれでシアワセというまだ若かったころ、僕はニュージーランドのオークランドで開催されるアメリカズカップを観に行こうと思い立つ。 その7年前にワーキングホリデーで1年間滞在したオークランドが今回の開催地である。すでにその街にはヨットを通じた友達がいくらかいた。随分前から必ず観戦に行くからと伝えていたので、空港ではキャスが迎えに来てくれたし、泊る所もジャネットがフラットメイトとして1部屋用意してく