見出し画像

TRPG「狂気山脈」と自PC山吹想太について

※この記事はクトゥルフ神話TRPGシナリオ『狂気山脈~邪神の山嶺~』のシナリオネタバレがあります。

つい先日、CoCTRPG「狂気山脈」を体験してきました。その感想と、それに際して作成したPC、山吹想太について思うことを綴っていきます。

コージー・オスコーについて

このシナリオを語る時に欠かせないNPCキャラクターだと思うのがコージー・オスコーという自称登山家だ。
彼は第二次登山隊のスポンサーとして資金援助を行ったリゾート企業・オスコー財団の御曹司。自己顕示欲が強く自信家で、家の力ではなく自分の力で山を登ると言う割に、親の財力で高級なウェアに身を包み高級な登山食を食べる。場の雰囲気も読まないし失言も多いし、そもそも登山家としてのステータスも高いとは言えない。(なぜか登山に関係なさそうな乗馬のステータスが高い。いいかげんにしろこのボンボン)
メタ的なことを言うと、このシナリオで遊ぶにあたってプレイヤーたちは登攀やナビゲートなどの「登山に必要そうなステータス」をある程度、あるいはモリモリに盛ったキャラクターを作成して挑むと思うので、そうするとゲームとしてはサクサク進みすぎてちょっとバランス的に悪くなる、かもしれない。コージーの登山スキルの頼りなさはそういうゲームバランスの調整も兼ねているのかな~と思ったりした。
そんなこんなで性格もお世辞にも良くないし、スキルも低くて一行の足も引っ張りまくる。出資してくれた以外にいいとこがない(そもそもそれも親の資金だし)彼なんだけどなぜかどこか憎めない。これはNPCを演じるKPさん次第なところもあると思うけど、大口と叩く割に道には迷う、何かしらのトラブルに遭遇して散々な目に合う、デリカシーのない失言をかまして登山隊メンバーに怒られるなり冷ややかな目で見られるなりしてタジタジになる。などとイキリ散らす割にぜんぶキマリきっていないのだからそりゃ可愛く思っちゃうよ…。
それに他のNPCの穂高梓やケヴィンなどが真面目でまともなキャラなので、もしプレイヤー側が用意してきたキャラも全員真面目(そうそうない確率かもしれないけど)だったら、こういうイキったお調子者がいてくれたほうがストーリー的にもうまく回ってくれるしやっぱり重要キャラなのだ。
しかしまあ、能力値が低いのもあるし途中に挟まれたイベントもあるしでロスト率が高いキャラクターらしいのですが、自分の卓ではギリッギリなんとか生かすことが出来ました。よかったよかった…
登頂して無線で彼の声を聞いたときなんか全員でめちゃくちゃホッとしましたからね!実家のような安心感…あの生意気で高慢ちきな男の声を聞いただけで「私達も生きている、コージーも生きている」っていう実感がブワッと湧いてきました。ああコレが聞きたかったんだよ~って感じ。

山吹想太の二重人格

プレイするにあたって私が選んだハンドアウトは
1B:下界に残した絆(ミッション:生還)
でした。
「大切な人に必ず帰ってくるという約束をした人物」という設定のため、家族を抱える優しいパパさんというキャラクターに決めました。

登山家の傍ら執筆業をしているがなかなか出版した本が売れないので普段はジムのインストラクターとしても働いている。二児の父で最近マイホームを購入。家のローンや子どもたちの養育費のことも考えて狂気山脈にチャレンジし、そのことを本に書いてローンの足しにしようと考えている。
「気が優しくて力持ち」が服を着て歩いているようなタイプで性格も穏やか、滅多なことで怒らない優しいパパだが気が弱いのが玉に瑕。
ただ登山仲間しか知らない一面があり、ピッケルを手にすると性格が豹変、普段の穏やかな性格からは想像もつかないほど荒々しく好戦的な性格になる。
愛称は「ブキさん」

実はこの「ピッケルを手にすると性格が豹変する」という設定、当初は無かったもので、他に同行するプレイヤーキャラのキャラシの設定がふたりとも超!凝っていた!!ため、「このままでは自キャラがあまりにも地味すぎる!」と危機感を持ったため急遽追加で付け加えた設定なのだ。
だがこの設定が急遽取ってつけたとは思えないほどの展開を呼んだ。垂直登攀の際みんなの前で初めてピッケルを手に取り、用意してた差分イラストを表示させた途端みんな大ウケしてくれた(嬉しい)。
それだけでなく、このピッケルがなんと最後の最後で彼の生死を分けることになり、見事生還したのだ。流石にクライマックスのネタバレになるので詳しいギミックの描写は避けるが、気絶寸前の山吹想太に同行者の利尻宗也がピッケルを彼に投げ、それを受け取った彼が最後の気力を振り絞ってショックロールを成功させ生還した。
後日談として山吹はそのままピッケルを手から離せず、帰国するための空港での手荷物検査で引っかかってしまうというオチが付いている。
こうやって「なんにも考えてなかったけど突貫工事で取ってつけた設定に助けられる」みたいなのもTRPGの醍醐味かもしれない。と思いました。
なぜそんな性格になってしまったのか?卓の最中に聞かれてその時はとっさに「昔から気が弱い自分をなんとかしなきゃとは思っていたけど、山を登っているときだけは違う自分になれる気がした」と述べたけど、単純に元ヤンって設定もありかもしれませんね。でもそれだと利尻くんとかぶっちゃうか。

ピッケルオラオラモードのブキさんを見てから利尻くんがすっかり舎弟モードになってしまったのちょっと面白い。推せる。

登山作家、山吹想太の本が売れない理由

キャラシにもあるが、山吹想太は何冊か登山の本を出版しているけどどれもあまり売れていない。
これは、彼の真面目で堅実な性格と登山スタイルが仇になって、登山手記としては特に盛り上がりもなく平凡な作品になってしまっているから、である。
加えて彼はそんな自分の本と本の評判に自信がなく、他の二人に読みたいからタイトルを教えてとせがまれても「全然有名じゃないし売れてないし恥ずかしいから…」といって教えようともしない。気が弱すぎて自分の本の宣伝すら消極的なのだ。

そんな彼だがそれでも山を登ること、そしてそれを記録して出版してそれで生活をしたい、というのは彼の夢。好きなことで生きていきたいという夢があるのだ。
おそらくだが登山の傍ら働いているジムのインストラクターの仕事は非正規、家のローンもその身分では審査が下りず名義は奥さん…というなんともしょっぱい背景があるのだが、ひとたび海外に登山に行くと数ヶ月も家をあけてしまうこともあるため、帰国している間ぐらいは執筆をしながら家で過ごし、妻や娘との時間を増やしたいという彼の思いからきている。

ただ、彼は狂気山脈のことを本に書くために今回の登山隊に参加したわけだが、登っていくうちに彼の中に迷いが生じ始める。その迷いは全員で頂上に登った時にみんなに明かされる。

「この登山のことを本にするかどうか迷っている。ここにいるみんなとだけの思い出にしようかなって…」

そこで利尻が半ば呆れたように、でも笑いながら言った言葉

「そんなんだから、本売れないんっすよ」

この台詞が本当に良かった………
あとから利尻の中の人から聞いた話で、利尻宗也の恩人で先輩で第一次登山隊のメンバーで行方不明になった日高帝という人物がいるのですが、なんと日高が山吹の本を愛読しており、利尻にも本を薦めていて利尻は山吹の本とは知らず読んだことがあるらしい。なんだそれエモかよ…

この後、山吹想太が狂気山脈の本を結局書いたか書かなかったか、どちらでもいいなあと思うのですが多分書くと思います。随分悩んだけれど、今後あの山を登る登山家のためのアドバイスみたいなものが出来たらという思いから。だってあの山初見殺しみたいなギミックがほら、いっぱいさ、あるじゃない…?

あともう一つ、彼はピッケルを持っている間は別の人格になってしまい、その間の記憶がない。そのためピッケルが必要になるような難所の記憶がなくその部分は手記に書けないため、平々凡々で面白みのない登山手記になってしまっていたのだ。
これもまあ「本が売れない」という設定は「ピッケルで性格が変わる」という設定の前に考えてたので、今となっては辻褄が合う(合わせられる)のですげえなあと思う。

いい意味でもそうでない意味でも予想通りにはいかないシナリオ

今回は長いシナリオだったので3日に分けてプレイしたのですが、二日目が終わったあと、プレイヤーとして「登頂したらどんなことをしよう」とか色々考えていたわけですよ。一行は途中で脱落したK2から彼のピッケルを預かりました。登頂したらK2のピッケルを頂上に突き立ててくると約束をして。そこで私が考えたのが「この3人の中だと登頂に一番思い入れがあるのは山吹想太だろうから彼が一番最初に頂上を踏むことになるかもしれない。ただ彼はK2のピッケルを突き立てようとした時、いつもの調子でその間の記憶を失ってしまうので、せっかくの頂上踏破の瞬間の記憶を覚えていなかったのである!!」とかまで考えていました。ワハハ。
でも実際頂上に行った時、すっかり仲良くなってしまった3人は「せーの」でいっせいに頂上を踏んでいたのでした。よかった、おかげで登頂時の記憶があるので…

あと、ハンドアウト3B「狂気山脈の謎に迫る」のキャラクターでもある山根透くんが、第一印象に反してめちゃくちゃ人懐っこくて寂しがり屋だったことに驚いた。ハンドアウト3のキャラクターはこのシナリオの中でも「危ないことに首を突っ込んでいく役割」だと思うのだが、彼は危ないことにどんどん首を突っ込みつつも、所謂「謎が解き明かせれば他の人がどうなってもいい」みたいなサイコパスキャラではない。危険なものを見つけたときも「ねえねえ見て見て!」と無邪気に仲間を誘う。でもそれは仲間を危険に晒したいわけではなく、純粋に仲間と謎を共有したいだけなのだ。
そして多分?おそらく?だが、この登山中、彼が危ないことや怪奇なことに自ら首を突っ込んで命が危険になったことはあまりなく、ふっつーに垂直登攀で死にかけた。そんなところもダイスのいたずらというかなんというかオカルトに愛されてるというか…普通に登山で死ぬよりも怪奇現象に首突っ込んで死んだほうがマシ、みたいな人だと思うんでほんとあそこで死ななくてよかった…

3日間に渡った長丁場の壮大なシナリオ

私の周りにはTRPGで遊んでいる人が多分かなり多く、めちゃくちゃにハマってる人なんかは「毎日回してないか…?」ぐらいギッチギチにスケジュール詰めて回しまくっている。
そんななので当然というべきか、そういう人たちはよく「このシナリオ今日は2日目です!どうなっちゃうんだ~?!」とかツイートしてるわけですよ。長いシナリオだと1日では完走できないのでだいたい日にちを分けてやるらしいですね。これが私あんまり理解できてなかった。
私は学校のテストも色んな〆切もだいたい一夜漬け、その日のうちに集中的にガーッとやりきるタイプで、作業を中断して日を跨ぐと途端にモチベーションが下がってしまうのだ。
なので「シナリオをぶつ切りにしたらテンション維持できなくないかな~?」と思ってTRPGの日跨ぎプレイにも懐疑的だった。それまで私がプレイしたことのあるセッションは3~4作ぐらいだが、どれも1日で終わる短めのシナリオ。現実世界から急に不思議な世界に引き込まれるようなシナリオが多かったと思う。命の危険もそこまで感じなかった。
でも今回は完走に3日を要する本格的な長いシナリオ、舞台も前人未到の標高1万メートルの山という初っ端から非現実的な設定だ。
そのうえ私は自分が作ってきたキャラに自信がなかった。地味メンすぎない?普通すぎない?このキャラを愛せるか?とか色々色々色々である。

だが始まってみるとこれがすごい、ゲームを進めていくうちにどんどん肉付けされていくキャラの設定、今までのシナリオよりも圧倒的に死にやすいギミック、PCやNPCとのやりとりで生まれる絆、手に汗握る展開、本気でダイスに向かって手を組んで祈ったのはこれが初めてだったかもしれない。
1日目も2日目も「もっと先を進めたい」「次が待ちきれない」という気持ちでいっぱいだった。特に2日目と3日目は予定が合わず1日あけてしまったので「明日狂気山脈ないの…?」「早くまたあの山に登りたい…」とすっかり山に魅入られてしまっていた。
最後はPC、NPCともに全員生還することが出来て、私達の狂気山脈は文句なしのハッピーエンドを迎えた。誰もロストしなかったというのは結構すごいことなのでは?

そして最初に「地味すぎ」「愛着が持てるのか」と不安を感じていた山吹想太のことを、今となってはめちゃくちゃ愛着を持ってこれを書くまでに至っている。
私は「オリジナルキャラクターの設定を考えるのが苦手」という、クリエイターを志すものとしてかなり致命的なウィークポイントがあった。昔はむしろ得意だった。子供の頃からオリジナルの絵や漫画をノートに描きまくるような幼少期を過ごし、それは中学生ぐらいまでは続いたのだが、そこらへんで厨二病?高二病?的な感性が育ってしまって「こんな壮大な設定恥ずかし(笑)」などと客観視してしまう癖のようなものが生まれてしまった。クリエイターにとって厨二病的な発想はむしろ必要なのにだ。
以来そのままズルズルと大人になってしまい、キャラ設定の考え方そのものを忘れてしまったように思う。
そこでTRPGという遊びに出会って、これはもしかしたらオリキャラ制作の練習になるかもしれない、と思って始めてみたのがきっかけの一つだ。今までTRPGで制作したオリジナルキャラクターは3人。その中でも山吹想太は本当に平々凡々を具現化したようなキャラクターで、暗かったり悲しかったりする過去もない、優しい奥さんとかわいい二人の娘がいて、本当に絵に描いたような「ガチの普通」のキャラクターにのめり込むことなんてあるだろうか?また、面白い設定が追加されるだろうか?
そう思っていたけど、終わってみればこの有様で誰向けかわからないような長文をここにしたためる程度には山吹想太というキャラに対して思い入れができてしまった。何が起こるかわからないものだ。

ただこれは全員生還したからこそ言えることかもしれないけど、もうちょっとあの山のオカルトな部分に首をつっこんでみてもよかったかなぁとも思っている。自キャラのハンドアウトのミッションが「生還」だったので、とにかく安全に下山することだけを考えていたので(だから山吹の手記がつまんなくなるのですが…)ハンドアウト3あたりになって命を顧みず危険なことに首を突っ込みまくってみるのも楽しいかもしれないなぁ。詳しくは書かないけど頂上にあるらしいアレとか調べたかった。

TRPGは旅行である

まだまだTRPG初心者ですが、狂気山脈を遊んで本格的にTRPGの楽しさに気づき始めた自分がいるなあと思っています。
ただTRPGって自分にとっては「旅行」と一緒だなあという感覚があって、一緒に行く人と予定を合わせて、何日かスケジュールを空けて、みんなでそこに旅に出る、という感覚。楽しいけど終わったあとは疲れてしまって、しばらくは旅の思い出に浸りつつのんびり過ごしたいな、という感じで、年に2~3回ぐらいの頻度で旅に繰り出すつもりで遊びたいジャンルの趣味だなと思いました。
なので頻繁には行けないけどたまにちゃんと準備していきたい旅行、という感じ。できれば同じ人とばかりではなく色んな人と行きたいので、今度は誰かよかったらご一緒していただけたらなあと思います。まぁでも暫くはいいかな。旅行なんで。ちょっと間をあけたいですね。
生きるか死ぬかのひりつき、相当ヒヤヒヤしたけどだいぶ楽しかったので、今度やるならまたそういうシナリオがいいですね。

狂気山脈シナリオ作者まだら牛さんのコージーに関する記事

ナポリの男たち(KP:むつーさん)による狂気山脈
これがきっかけで自分も狂気山脈を回してもらうことに

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?