『変わりなさい』に気を付けよう。

 これまでの人生の中で『変わりなさい』と声を掛けられた何度かあります。その主語は私個人に向けた『あなた』の場合もあれば、私が属する集団『あなた達』の場合もありましたが、いずれも私を指導したり、集団を率いる立場にある方からの言葉でした。
 また、自己啓発系の書籍には、”相手は変わらない。なら自分を変えましょう”という主旨の言葉がよく掲載されており、"自分を変える”は現代社会のひとつのキーワードとなっているように思います。

なぜ自分を変えなければならないのか?

 誰もが一度は直接言われたり、目にしたことはあるであろう”自分を変える”という言葉ですが、なぜ、自分を変えなければならないでしょうか?
 私はこの理由は大きく2つあると考えています。
 一つ目はより自分自身が成長していくためという、自分の内側から湧き出る動機です。例えば、痩せたいと思ったら食事や運動などの習慣を改善しなければなりませんし、お金持ちになりたいなら、家計を管理したり収入を増やす努力をしなければなりません。つまり、自分の幸せのための、これまでの行動や習慣を改めることが、自分を変える理由のひとつとなります。
 もう一つの理由は、環境に合わせるという外的な要因です。
 海外で生活を始めたなら、否応なしにその国の文化に合わせた生活をしなければなりませんし、新しい職場で働き出したなら、その職場のルールに従って働くこととなります。これらの外的要因に順応するために、自分をかえなければならない状況もあります。

”自分を変えよう”圧力の危険性

 このように自分を変えることは、内的な理由にしろ外的な理由にしろ、自分の新たな面を発見したり、新しい環境での生活に順応出来たりとポジティブな面があります。しかし、他人からの”自分を変えよう”という声には注意が必要だと私は考えています。
 他人が”自分を変えよう”と声を掛けてくる場合、その裏にある重いには2つのパターンがあると思います。
 一つ目は純粋にその人のことを思っての思いやりのあるアドバイスです。例えば、ある人が毎晩健康を顧みずに飲み歩いて散財を繰り返しているようなケースでは、心ある友人や家族が本人に改心を促すために『自分を変えなさい』と声を掛けたなら、これはその人のためを思ってのことでしょう。
 もう一方は、声を掛けた人の都合の良いように行動して欲しいと願っている場合です。例えば、新興宗教やマルチ商法の勧誘では『今の生活を変えましょう』などと声を掛けられるケースがありますが、この場合の声を掛けた側の真意は、生活改善ではなく、信者の獲得や商品の販売です。
 これらは明らかな詐欺的事例ですが、指導的な立場の人が組織運営をスムーズにしやすくするために、構成員に”自分を変えよう”という呼びかけをすることもあります。この場合には、組織運営がスムーズになり結果的に構成員にもメリットがある場合もありますが、ブラック企業の不当労働のような場合にも善意や指導を装って行われることもあるので、注意が必要です。

自分を変えるかは自分が決めるべき。

 人生の様々な場面で出会う”自分を変える”という言葉。特に向上心の高い方は様々な場面でこの言葉を目にするかと思いますが、自分を変えるべきか否かは自分自身が決めるべきであり、他人から強要されるモノではないと私は考えています。
 他者からみて変えた方が良いことでも、本人にとっては必要不可欠であったり、満足していることもあります。また、変えた先に幸せはあるかは誰にもわかりません。にもかかわらず、”自分を変えよう”圧力を掛けてくる人がいるのであれば、それはその人の欲求を満たすためのものであり、自分の幸せを願っていくれているわけではないので、その場合には変えるのは自分ではなく、相手もしくは環境の方です。
 自分の幸せは自分でしか感じられません。他人がうらやむ生活をいる人が不幸や不満を感じていたり、あるいはその日暮らしでも毎日充実している人がいたりと、幸せの尺度は人それぞれです。自分を変えることは、人生の選択肢を広げる可能性があると同時に、これまでの幸せが一掃される危険性もあります。そしてリスクの責任を負うのは他ならず自分自身です。
 周囲に左右されることなく、まずは自分の幸せを考えることが大切なのではないでしょうか。

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