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嫁ぐ前夜【消しゴム顔】(毎週ショートショートnote)

明日はいよいよ結婚式。
22年間、育ってきたこの家の細部までしっかり焼き付けておこう。
柱につけたキズはその昔、妹と背くらべした跡。
砂壁はボロボロと落ちているところが目立つ。
床板もぷかぷかと沈んでいるところもある。
この家でたくさん思い出を作ってきた。


最後に父に挨拶をしようと仏間へ入る。
お線香の煙越しに若いままの父が見える。
私が小さい頃。泣いていると、ほうら、お父さんの顔を見ててごらんと言われたものだ。
そうしておでこから顎にかけて掌で顔を撫でると泣き顔が現れる。
その泣き顔が父の掌で再び消え去り、にこやかな笑顔に変わる。
さきほどまでのべそはどこへやら。
お父さん、すごい。
掌が消しゴムになっていて、自在に顔を変えられるんだ。


悲しい時、辛い時、顔をひと撫でしてごらん。
そんな気持ちもこんなふうにぜんぶ消えるんだ。



涙をぐいと拭って父のように掌をおでこから顎まで撫でてみる。
泣き顔はやはり泣き顔のまま。
いいよね、お父さん。

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