見出し画像

ツナグもの【#夏の香りに思いを馳せて】

これはもしかしてもしかするとデートってやつなんだろうか。
朝起きて、まるで新入社員が初出勤するかのような緊張と戸惑いと不安と。
あとはなんだ。
そう、少しばかりの期待とワクワクする遠足前の小学生のような落ち着きのなさ。


Tシャツを頭からかぶる。
濃紺で少しでも引き締まってみえることを狙う。
白の綿パンだといかにもコーデになるなと放り投げる。
短パンだと遊んでる感じになりそうで結局薄いグレーのパンツにした。
デートだよな、これ。
念入りに泡立て洗顔する。
髭も念入りに剃る。
ボディバッグを背負って白のスニーカーを履き、いざ出陣だ。


ママが朝からお弁当作りで大騒ぎしている。 
ママの料理は美味しいけど、時々失敗する。
おにぎりはおばあちゃんのように綺麗な三角にならなくて、へんないびつな形になる。
だからおにぎりはいつも型を使って中に梅干しを入れる。こんなにたくさんのおにぎりがお皿に並ぶのは初めてだ。
ハチミツ入りの卵焼きは少し焦げているけど、美味しそうな甘い匂いがする。
ウインナーはタコさんで、マカロニサラダにはぼくの好きな胡瓜がたっぷりマヨネーズと和えてある。



ママ、ぼくたち遠足に行くの?
そうよ。
夏山公園までね。
こんなにたくさん食べられるかな。 
あのおじさんが沢山食べてくれるかも。
ママが笑う。
おじさんの話をする時、ママが笑うから好き。
ぼくもいっぱい食べる!と言うと、ママが頭を撫でてくれた。


公園でおじさんとかけっこをした。
おじさんは速かったけど、途中で足がもつれて転んだからぼくの勝ち。
ジャングルジムのてっぺんまで登るのもぼくの方が先だった。
鉄棒でけんすいというのを見せてくれたけど3回で腕が震えてドスンと尻餅をついた。
おじさんはカッコ悪かった。
でもママはそれを見てとても嬉しそうにしている。
カッコ悪くてもいいのかな。


日頃の運動不足です。
僕は頭を掻いて島田さんに言い訳をした。
まったく良いところを見せることが出来ない。
ケイタくんはすばしっこくて、弾むように走り、登り、自在に動き回る。
僕はというと惨敗だ。


島田さんのお弁当は3段重ねのお重スタイルだった。卵焼きは甘くて僕の好きな味付けだったが、少し焦げていた。
マカロニサラダはケイタくんと取り合うように食べた。なにしろ夏の太陽の下で走って転んでヘトヘトの僕は猛然と腹が空いていたのだ。
僕たちがもくもくと大量のおにぎりにむしゃぶりついているのを島田さんは目を細めて見ていた。
お口に合えばいいんですけど。
口の中のおにぎりをどうにか胃に押し込んで僕は答えた。
いや、もう全部美味しいです!!
なんだ、この子供みたいなコメントは。
もっと気の利いたことが言えないのか。


あ。島田さんが指を指す。
血が出てる。
さっき尻餅をついた時か。
掌に淡く血が滲んでいた。
ちょっと待って。
島田さんがバッグの中から消毒薬を取り出して僕の手を引き寄せる。
シュッ。
手際よく吹きかける。
島田さんの冷たい手に僕の熱のこもった熱い掌が重なる。
痛みますか?
なんだかこそばゆくて、いや、と首を振る。
それを見たケイタくんが心配そうに傷に顔を近づける。
痛い?
そういう時はママがふーってしてくれると痛くなくなるよ。
しまった。
痛くないと首を振ってしまった。


お腹いっぱいだー。
ケイタくんが芝生の上に転がった。
その姿を見て僕も寝転ぶ。
隣に島田さんも寝転ぶ。


夏祭りのことですけど。
島田さんの頬がぴくっとなった。
来年は3人で花火を見ましょう。
でっかくて大きい綺麗な花火を一緒に見ましょう。
僕が2人の間に立って手を繋ぎます。
もう怖い音なんかしません。



島田さんが上を向いたまま、僕の手の中に掌を入れてきた。
黙ったまま僕たちは手を繋ぎ合った。



三部作になりました!
はじめての参加でしたが、まさかこんな風に書けるとは思いもせず。
とても楽しかったです😍
ありがとうございます😊



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?