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ケイタの短冊【#夏の香りに思いを馳せて】

どうして書かないの?ケイタ君。
まゆこ先生がさっきからずっと聞いてくる。
うるさいな。
書かないんじゃなくて書けないんだ。
黙っていると、困ったようにまゆこ先生が眉をきゅっとする。
今度の七夕祭りの時に吊るすのよ。
皆んなもう書いてるから、ケイタ君も書かなくちゃ。そうお母さんにも言っておくからね。


七夕のお願いはひとつだけ。
ママとずっと一緒にいられますようにだ。
でもそれを言うと友達は皆んなおかしいと笑う。
どうしてパパがいないの?
そう聞かれるのが嫌だから書きたくないんだ。


         ***


お迎えに行った時にまゆこ先生からひそひそと小声で耳打ちされた。
短冊にお願いを書くように言ってもらえます?
いくら言っても書いてくれないので。
まゆこ先生がため息混じりに言う。
マスク越しでもめんどくさい、という心の声が漏れ出ているような声。
すみません。 
頭を下げ、園庭で待っているケイタを呼び、園を後にする。


ママ。
なあに。
まゆこ先生に何か言われた?
何にも言われないわよ。 
ケイタは少しホッとした顔をしている。
こんな顔をさせているのは母親のわたしだ。
そう思うと心臓がギリっと掴まれるような痛みを覚える。
小さいなりに自分とそして何よりわたしを守ろうとしてくれている。
強くて優しい子だ。


         ***


ママが隣町の七夕祭りに行こうという。
僕は初めてだった。
もうあたりは暗くなり始めていて露天商の店が両側にいっぱい並んでいた。笹も人もたくさんだ。
ママは僕の手をしっかりと握って歩く。
誰かと携帯で連絡を取り合っている。
向こうにママに手を振っているおじさんがいる。
ママもペコっと頭を下げて近寄っていく。
僕はママの後ろに隠れる。


お疲れ様です。
そう言うと島田さんもお疲れ様ですと頭を下げた。低い位置にひとつに束ねた髪も麻のワンピースも耳に光る小さなピアスも島田さんらしい。年齢よりずっと若く見え、僕は中学生のようにドギマギする。
この子はケイタです。母親の腰にしがみつくようにしている男の子は伺うようにこちらを見ているが何も言わない。
ケイタ、ご挨拶は?
こんばんは…小さくて聞き取れないような声だ。
こんばんは。咳払いをして高めの声を出す。
僕はお母さんと一緒に働いている篠沢と言います。よろしく。
こくっと頷いたようだ。



ぼく、あっちで金魚すくい見てくる!
ケイタはそうひとこと言うとあっという間に向こうに行ってしまった。
被っている黄色の帽子がチラッと見えるのを僕たちは確認し合う。  
なんだか、まるで夫婦みたいじゃないか。
そう思うと今度は急に妙な汗が出てくる。


このあいだは。
島田さんが急に話し出した。
花火の話。ごめんなさいね。
あれはわたしのせいなんです。ケイタが花火を嫌いになったのは。
聞くべきか迷ったが、島田さんは話したそうだった。
前の主人は、ケイタの父親ですけど。
悪い人では無いけど弱い人だったんです。
お酒が入るとわたしを殴りました。ケイタを庇って覆いかぶさったわたしの背中を何度も蹴ったんです。
その音がどおんどおんって。
花火に聞こえたんです。
ケイタはそれ以来、打ち上げ花火を怖がるようになりました。
腹の底に響くあの音が私の身体越しに聞いていた父親の蹴る音に聞こえてしまうのでしょう。


僕は臆病だ。
そんな話を打ち明けられて覚悟ができるか。
あの小さな子と島田さんはそのまんまん中にいたのだ。逃げることもできずに。
全部全てまるごと抱えていける、なんて軽く言えることじゃ無い。けど。
あの。
僕の声はしっかりしていて自分でも驚いた。
今度は3人で公園に行きませんか。
島田さんは驚いたように僕を見つめ、それからゆっくりと唇を綻ばせた。


向こうにママとおじさんが何か話してるのが見えた。ママが笑っていておじさんも笑っていた。
そうだ、短冊に願いを書かなくちゃ。
明日まゆこ先生にごめんなさいって言って。



ママとぼくとおじさんのさんにんでずっといられますように。



続編もなんとか滑り込みました😅
まとまらなくて残念でしたが、なんとか出来てよかったです。
楽しく参加させて頂き、感謝しております❣️
ありがとうございます😊

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