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時は良薬なり


たいていのことは時間が解決するとか言いますが、それは本当にその通り!ということをそこに辿り着くまでのあれやこれやも含め、かなり朧げな記憶を手繰り寄せながら書いていきたいと思います。




当時障がいのある娘は特別支援学校という所に通っていて、高等部に進学した頃でした。
かなり落ち着いて過ごすことができるようになったことにも後押しされ、よし、思いきって飛び出せ、社会へ!!と鼻息も荒くなっていました。
そこにちょうど近所にできるリユース会社のオープニングスタッフの募集が舞い込みました。
100名の大募集とあったので、どうにか引っ掛かるだろうと応募し、面接、採用と運良くトントン拍子に進みました。
えへへ!ラッキー!



採用されるとオープンまでみっちり2ヶ月の研修が始まりました。
総勢100名近くのほぼ9割が女性、大半が主婦ばかりが揃うとそれはそれは壮観です。
というより怖いです(笑)
年齢も様々。家庭状況も様々。
子育て終了したベテラン主婦もいれば、幼稚園児や小学生を抱える若いママもいれば、バツイチどころかバツ5のツワモノも。もちろん学生や独身の方など、あらゆる境遇の方達が放り込まれていました。
まさにカオスでした。



そうして研修が進んでいくうちに、お互い人となりもわかってきます。
大勢の人達が集まるとそこに何が生まれるのか。
グループです。派閥です。
どこにでも政治が生まれるのです。
さらに突き進むとキラキラさん達とそうではない方達に分かれます。与党と野党です。
さらにその組み分けに入らない、と決めた新たな勢力も生まれます。新党ですね。


すきっ歯が逆にチャームポイントになっている、成人式の時には子供がいたという、いわゆるヤンママであるチズちゃん。
20代と若く、細くてスタイル抜群。いつも良い香りが漂っていて長くて淡い栗色の髪の毛をアップにするとうなじが綺麗な子でした。
初めはオラヴちゃん、あたしね全然仕事ができない、頑張っても認めてもらえないと愚痴をこぼしていました。
その度に、そんなことないと慰め励ましてきました。
私は彼女が好きでした。
キラキラ組の彼女は、努力家でもありました。
気がつけば与党→キラキラ党の幹部になっていました。


その頃からチズちゃんは少しずつ変わっていきました。
他人の言うことを聞かなくなり、他人のやることにいちいちクチバシを挟んでくるようになりました。クチバシだけではなく実力行使も無遠慮に堂々とはじめるようになったのです。
誰かがアクセサリーや服を売れ筋の物に替えると、次の瞬間にはチズちゃんが全部取り替えてしまうようになりました。
私も他の誰もがもうその仕事はやろうとしなくなりました。チズちゃんノートなるものが生まれ、それに従うよう求めてくるようになったのです。
そんな彼女に対して言いかけた言葉を皆が飲み込むことが増えていきました。


オラヴちゃん。
休憩中に彼女がつつと私の隣に座って小声で聞いてきました。
ここで誰が一番頑張ってると思う?
皆んな頑張ってると思うよ。
そう言うとすきっ歯の口がキュッとひん曲がったのがわかりました。
でもその中でも一番頑張ってるのはチズちゃんじゃない?
するとやだあ、あたしじゃなくってえ。
オラヴちゃんだよー。
私は出来るだけのことをしてるだけで、一番はチズちゃんだよ、自信持って。
そう私の口から聞くと満足気に売り場に戻っていきました。
私は彼女が嫌いになっていました。
そして彼女がそんなふうになるのを止められなかった自分も嫌いになったのです。


数年後、私は思いもかけない所で彼女と再会しました。
ショッピングモールでお会計をしようとレジにいき、カードを差し出した時。
オラヴちゃん?オラヴちゃんでしょ?
雰囲気は変わっていましたが.間違いなくチズちゃんでした。
チズちゃん?
そうよ、ここで働いてるのあたし。
オラヴちゃん、全然変わってないわ。相変わらず綺麗ね。
いや、もうすっかりおばちゃんよ。
そんなことないって。
服を手際よく畳みながら笑いかけてくるチズちゃんは、わたしの大好きだった頃のチズちゃんでした。
また来てね。子供も高校生になったんだよ。
早いわね。そんなになるのね。
うん、ほんとびっくりだよね!
どうりで歳を取るわけだ、と2人で顔を見合わせて笑いました。
ありがとうございました。
出口まで見送りに来て深々と頭を下げたチズちゃんにまたねと手を振ると、にっと笑って掌をひらひらさせていました。
すきっ歯はあいかわらず。


ああ、彼女のこの幼さの残るこんな笑顔が好きだったんだと思い出して、あの頃の自分がほんの少し許せた気がしました。
時間は魔法のように人の心を穏やかに変えていったのです。




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