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話題の映画により再び注目を集めている飯塚事件。はたして、同事件は多くの左派、人権派が言うように、冤罪の可能性があるのか


筋金入りの大の陰謀論派で、事件においては、常に反権力、冤罪を十分に視野に入れた思考で行きたい自分(筋金入りとか自分で言うな)。だが、そういう自分も、かの飯塚事件に関してはどうも乗ることができない。しょっぱなのアリバイの話からブレまくりで、なんで、そうなるのか? なにかを隠してるんじゃ? と言わざるえない。以下、wikiより(太字は筆者によるもの)。

アリバイに関して

  • 久間のアリバイを直接に裏付ける証拠はなく、間接的なものとして久間自身と妻の供述が、捜査段階と公判段階で変遷しており、証拠として成立しないこと。

  • 当日のアリバイにつき、久間は、捜査段階で、妻を職場に送り帰宅した後に実母宅に向かったと述べていたが、捜査官の再現で女児の行方不明時刻に現場を通過する結果が出た後、公判段階では、妻を送った後まっすぐ実母宅に向かったと供述を変更した。また、当日の行動を思い出した経緯も、捜査段階では、3月20日に「刑事が帰った後で、あの日は何をしていたのかなあと思って思い出した。妻とは事件の話をしていないので、妻と話し合っているうちに思い出したということはない」と供述していたが、公判段階では、2月25日頃に妻が事件当日のことではないかと挙げた話を聞いて思い出した、と供述を変更した。そのため、「アリバイに関する供述は……信用できない」と判示された。 久間の妻の供述は、久間が実母宅に行った日について、捜査段階では「事件当日の前後頃だったと思う」と曖昧な記憶であったのに、公判段階では事件当日であると特定するようになっており、「たやすく信用できない」と判示された。 

一週間分のまとめての記憶とかならいざ知らず、わずか午前中のみの短時間の記憶がブレるのはなぜなんだろう。しかも、一人じゃなしに、夫婦揃って話が変更変遷する。どうにも信用できない。胡散臭い。

  • なお公判では、46歳女性が久間からアリバイ工作を依頼されたと証言した。彼女によると、事件後の1993年3月にタケノコ掘りで久間の妻と知り合い、その後久間宅に誘われて酒を振る舞われ(久間とはその際に初めて会った)、その翌日に再度久間宅を訪ねた際、久間から「もし裁判になったら、事件当日の朝は約2時間、一緒に酒を飲んでいたと証言してほしい」と頼まれ、謝礼と口止め料の名目で3万円を渡されたという。この女性は、久間の逮捕後に偽証の約束をしたことが怖くなって警察に話した、と述べた。

よく知らない他人に(いや、知り合いでも)嘘のアリバイを頼んじゃいかんだろう。夫婦揃って。3万円ぐらいで。まったく同調できない。なにか、後ろめたいこと、もしくはなにか思い当たるフシがあったと思わざるえない。

映画では、そのへんも込みでしっかり描かれているだろうか。いや、描かれていなければ、アンフェアと言うしかない。


たぶん、話題の映画以上に事件の本質がわかるYouTubeシリーズ。判決文全文にしっかり目を通したうえでの内容が濃すぎ!


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