第二章の6. 水と油

声を掛けられたMからすれば、助け舟を出してくれたのが快傑だったのは意外だったが、救いの手は喉から出るほど欲しいものだった。

実際の話、今まで法律顧問から出た提案は、現状と開きが有りすぎて、理事や幹部の神経を逆なでするばかりだ。最近など、その話が出るのを嫌がる節がある。

かといって理事達を説得できるような妥協案を、自分ひとりの知恵で絞り出すのは無理がある。

だが・・・

Mが心配したのは、北の波の心情だった。

北の波は正直、快傑を好きではない。

「人として協調性が無い。可愛げがない」と言っているのを聞いたことが何度かあった。

自分より年上で、角界では一年先輩の快傑に対して「可愛げがない」とは北の波じゃないと言えないな、とMは苦笑した記憶がある。

同い年の自分と快傑より、北の波は年齢で言えば一番下、実を言うと5歳も年下である。

角界入門で言っても、自分の三年後に快傑が入門し、その翌年に入門したのが北の波なのだ。

巷では現役時代の「強面の憎まれ横綱」の姿しか知られていないが、北の波が「角界の首領(ドン)」と呼ばれるのは、ただ怖い存在だから、ではない。

いざという時頼りにできる、強くて愛すべき皆の親分、それが北の波だったのだ。

北の貧しい家に育った子が、小さな部屋で稽古に励み、体一つで横綱に出世し、理事長にまで登り詰める、という北の波のストーリーは「相撲取りの立身出世物語」の見本だった。

その上、上には朴訥によく尽くし、下には面倒見の良い親分肌。

実力と人徳、義侠心の強い男社会で好かれる要素を、多分に持ち合わせたのが、北の波だったのである。

しかし快傑は土俵下での、そういう義理や貸し借りを極力嫌うタイプだった。

快傑からすれば、そもそも年下で後輩の北の波に仕事としての必要以上に何かしてもらおうとは思わない。

けれど機会があれば手を貸したい、それを当たり前に思う北の波からすれば、快傑の素っ気なさは「なんて水臭い」「自分のことが嫌いなのか」と感じてしまう。

どちらが良くて、どちらが悪いというものでもない、とMは思っていた。
ただ単に二人は、育ちも考え方も違う、水と油なのだ。

しかし同じように協会の仕事をするようになると、確かに周りは気を使わなければならなかった。

そんな快傑の助けを借りたと聞いたら、北の波の機嫌を損ねることにはならないだろうか・・・

Mが悩んでいる間にも、何度と無く法律顧問たちから、改善案の直しをどうするのか、と急かされた。

確かに、こんなややこしい話の助っ人として、相応しい人物が他に居るだろうか。

期限のある問題を、いつまでも先延ばしにして、最悪の場合、移行が出来なくなってしまったりしたら、それこそ北の波の夢も潰すことになる。

他に手は無い。

決意を固めたMと快傑、そして快傑が選んだ数名の有志、法律顧問たちは、なるべく角界の人間が使わない場所を探しては会合を開き、少しずつ少しずつ定款の改定や角界の制度改革に取り組んでいった。

そして、出来るだけ今の生活から遠い部分から改定を提案し、理事達を説得し承認を得ていった。

その結果の一つが理事選の改定だっただが、その進捗を面白くないと感じている者が居た。

Mが気にしていた北の波、やはりその人である。

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