「穢れた土俵」第三章-記者編スタート

これまでは特殊な世界、角界を中から見てきましたが、第三章からは外からの視点になります。

小説サイトへの掲載が最新となっていきますが、あまり相撲を知らない方々にも、色んな立場から見ていただいて、楽しんでもらえるような作品に出来たらいいな、と思っています。

ただ、「ここだけの話」や、このnoteから読んでくださっていた方は、「記者編」から読む人とは、ちょっと違う感覚で読んでもらえるかと。。。

よろしければ、今後共お付き合いくださいませ。 まみち。

途中でジャンブするのが嫌な方は こちらから

「穢れた土俵」記者編

以下は触り、です。

初日の違和感


平成29年11月12日。
大相撲九州場所の初日。

「お母さん、お母さん、早く片付けてこっちいらっしゃいよ」
「はいはい、あとこれだけ片したら行くから」

老夫婦は、大相撲中継の放送を楽しみにしていた。

夫、尾山義孝は埼玉の公立小学校の教師を定年した5年後に家を売り、妻、房子の故郷に近い兵庫県の郊外に移住して来た。

この地にやってきた時の彼はまだ65、移住者を募集をするような地方の郊外の町に取って60代は若手だ。
ずっと都会暮らしの義孝は見た目が若々しいだけでなく、人好き、子供好きで愛想もいい上に、元教師だから知識も豊富。
あっという間に集落の人たちの人気者となり、様々な分野で頼れる存在となった。

毎日のように、あちこちで手伝いや、指導を頼まれ「僕がこんなに役に立つとは思わなかったよ」と義孝も嬉しい悲鳴を上げながら飛び回り、一日中出掛けっぱなしの日々が続いた。
60半ばで都会からの移住という、ともすれば人生の大転換が、夫にとって吉と出るか凶と出るか心配していた妻の房子は、初めの頃こそは生き生きとした夫の様子にホッと胸をなでおろした。が、しかしリタイアしたとは思えないほどの忙しい日々が、一年を過ぎる頃には、悪い癖が出始めていると懸念した。

義孝は人の期待に応えたい、という気持ちが強すぎて、自分のキャパも考えず何事も頑張りすぎる傾向がある。あちこちにいい顔をして一人で抱え込んだ義孝をフォローし、被害を被ってきたのは家族である自分と、今は離れて暮らす息子の哲だったからだ。

長年連れ添った妻の悪い予感は当たるもので、70歳の誕生日を過ぎてしばらくした頃、義孝は時々疲れを見せるようになり、それからまもなくして、ケガで何ヶ月か街の総合病院に入院することになった。
公民館修理の手伝いに行った際、素人が止せばいいのに屋根に登ってはしごから転落。
肩の脱臼と足の骨折とで入院二ヶ月、リハビリに半年の診断が下された。
「だから言わんこっちゃない」
と房子は不平を漏らしたが、入院して良いこともあった。

まずはベッドに縛りつけられた義孝を見て、集落の皆さんたちに「自分たちより若いと言っても、義孝さんも70やった」と年相応に評価修正して頂けた事と、もう一つ。

元々、相撲好きの房子が、入院中することがない義孝に相撲中継を見せ解説していたら、他の長期入院患者さん達からも続々情報を仕入れ、義孝がいっぱしのニワカ相撲ファンになっていたからだ。
房子にとって義孝の「相撲開眼」は、家に縛り付けるコレ幸いな出来事だった。

ケガでは性格は治らない。
気が若いのは結構だが、身体が悲鳴を上げても夢中になりすぎ、自分を省みない性格は、なんとかしてほしい。
退院してからもリハビリの範囲を超えて無茶をしないか心配していた房子は、哲と相談して義孝の退院祝いとして、家にBSを引いておいた。
活発過ぎるオヤジの子守として。

BSでは13時から大相撲放送が始まり、夕方からの地上波の放送では見たことのないような序二段や三段目という、下っ端の子たちの取り組みが観られる。
髷も結えないヒョロヒョロの子が、髪が伸びるとともに、筋肉を付け強くなっていくのも楽しいし、逆にベテランだが怪我をして番付を下げた力士が努力してリベンジを図っている姿も応援したくなる。
若い力士の中に原石の輝きを見つけ、その目を付けた子が番付を登っていく様子を観ることが出来る。

案の定、子どもたちの成長を見守るのが生きがいだった義孝は、これにすっかりハマった。
退院後の義孝のスケジュールは、リハビリとテレビでの相撲観戦、そして隣の敷地に借りた小さな畑で野菜を育てるのが中心となり、ご近所と移住7周年のお祝いをする頃には、年相応の落ち着きを見せるようになった。

「相撲だけじゃないよ。僕はどんな競技でもジュニアの大会があると、必ず見るからね。でも他の競技はなかなかジュニアの大会を放送してくれないんだよ。その点、相撲はすごいよね。」
妻と息子の計略にまんまと乗ってしまったのを知ってか知らずか、誰に言い訳するでもなく、義孝はいつもの講釈を垂れた。
いつものように「はいはい~」と生返事をしながら、房子が取り込んできた洗濯物を、日当たりのいい室内のカーテンレールや鴨居のあちこちに掛けていく。

近所の奥さんたちに言わせると二人は仲のいい夫婦で「マイペースな大阪出身の奥さんにベタぼれな、東京出身の割に愛想のいい旦那さん。」
確かに、仲が悪いとは思わないが、いかにも小学校の元先生らしく、何でも一緒に共有したがる義孝のアツさは、時々面倒くさい、と房子は思っている。
自分一人で相撲観戦していた頃は、地上波の始まる時間までに家事を済ませることが出来たが、今は昼過ぎから、「母さん、ほら、頭から一緒に観て!」とせっつかれて、せわしないのだ。
とはいえ、夫の安全を考えて家に居る時間を長く出来るよう、相撲好きを助長したのも自分だから大きな声では言えないのだが・・・。

ただ、今日の初日は房子にとっても気になるところだった。BSでも地上波でも、放送の頭には「休場力士の紹介」が告知されるからだ。
判官贔屓で小兵好きの二人にとって、ここ最近のお気に入りは平幕の武良。その武良が膝の故障で先場所休んでしまったからだ。

いつものように昼ごはん代わりの軽食や、お菓子とお茶の用意を座卓に運び、お茶を入れながら房子が呟く。
「武良、出られるかなあ」
会場の外観と、太鼓の音で大相撲中継が、いつものように始まった。
国営放送のアナウンサーは挨拶の後、いつものように「休場力士の紹介」を伝えたのだが、後から思い返してみると、この時から九州場所は何かがおかしかった。

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