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【#あんクリ製作委員会】あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-8

真っ青な空に、少し冷たさを含んだ風。
お墓参りに行くにはピッタリな秋晴れだ。

「ユウちゃん、いつも花束ありがとね」

「ふじえさんには俺も世話になったから。
……じゃあ、行くか」

いろり庵は午後から臨時休業、ユウちゃんはおばさんに店番をお願いして。

——これから、ユウちゃんと一緒におばあちゃんに会いに行く。

***

ユウちゃんに綺麗にお花を活けてもらい、お線香とロウソクもセットした私は、あんことクリームのたい焼きを1つずつ供えると手を合わせた。

——おばあちゃん。たい焼き、今日も持って来たよ。
おばあちゃんの味、ちゃんと守れてるかな?

ねぇ、おばあちゃん。
こうやって手を合わせると、私はいつも、おばあちゃんと暮らし始めた頃を思い出すんだ。


・・・

おばあちゃんのたい焼きが、おばあちゃんがたい焼きを焼く後ろ姿が好きだった。

いろり庵の匂いはおばあちゃんの匂いそのものだ。

お父さんとお母さんがいなくなって、いろり庵でおばあちゃんと暮らすようになって、おばあちゃんは、私のお父さんとお母さんとおばあちゃんの全部をひとりでやってくれていた。

——いろり庵に来た頃、私は悲しみを受け止めきれないでいた。
学校にいる間は誰とも話さず、帰ってからはずっと、おばあちゃんがたい焼きを焼く後ろ姿を見ていた。
他に何もしたくなかったし、おばあちゃんがお客さんと明るく楽しそうに話しているのを見ていると、なんだか心がほっとした。

せわしなく動くおばあちゃんの手は、まるでたい焼きに命を吹き込む魔法使いの手みたいで。
命が宿ったたい焼きからは、声が聞こえてきそうな気がした。

・・・

おばあちゃんと一緒に暮らすうち、少しずつ元気も出てきて、この街にも友達になってくれる子が現れた。

それが、ハルくんとユウちゃんだ。

——これは後から知った話だけど、どうやら、おばあちゃんがおじさんとおばさん2人の両親にうちのあすかと仲良くしてやってくれとお願いして、頼まれたおじさんとおばさんがいろり庵に行けばたい焼きも食べられるから、と息子たちをそそのかしたらしい。
2人と仲良くなると、ハルくんが開けっ広げに話してくれた。


***

「ねぇ、ユウちゃん覚えてる?」

「覚えてるも何も、何回その話するんだよ。もう聞き飽きたよ」

お参りを終えて駐車場に向かう途中、左手首を見せながらユウちゃんに話しかけると、彼はこちらを振り返ることもなく答えた。
その声は、呆れているようで、笑っているようにも聞こえる。

——今も消えることなくくっきりと残っているそれは、いとも簡単に私を追憶の渦へと引きずり込むのだ。


・・・

その日、怪我をして帰って来たハルくんはおばさんに連れられて病院に行っており、一人残されたユウちゃんは、私と一緒におばあちゃんの部屋にいた。
外で遊びたいとごねるユウちゃんをなだめ、たい焼きを食べながら、図工の宿題として出すための絵を描いていたのだ。

たい焼きを焼いているおばあちゃんの後ろ姿を描いていた私は、おばあちゃんが焼き台から離れたのを見て、おばあちゃんに近づこうと焼き台に寄った。

でも、焼き台を見ているうち、自分でたい焼きを焼いてみたくなってしまった。
だって、私もおばあちゃんみたいになりたいし。

………いつも見てるから出来るよね。
手を伸ばしてたい焼きを焼こうとした、その時。

「あすか!!!」

おばあちゃんがものすごい剣幕で怒鳴る声が聞こえて、驚いた拍子に、左手首が焼き台に当たってしまった。

——ジュッ。

「熱っ……!」

「お客さんに食べてもらう大事なものを触るんじゃないよ!」
おばあちゃんの形相はまさに鬼のようで、私は思わず声を震わせた。

「………だって、私もおばあちゃんみたいになりたかったんだもん……っ」

私が泣きじゃくるのもお構いなしに、おばあちゃんは声を荒げて怒鳴り続ける。

なんてことをしてしまったんだろう。
私がうつむいて泣いていると、

「………あすかをいじめるな……!」

目の前を小さな影が横切った。
驚いて顔を上げると、一生懸命に両手を広げたユウちゃんが、私を守るようにしておばあちゃんの前に立っている。

ぽかんと呆気に取られながら見ていると、
「………ふ、あっはははははっ」
おばあちゃんがお腹を抱えて笑い出した。

「悠人!あんたも泣いてるじゃないか……! 
………別に、私はあすかをいじめたくて怒ってるんじゃあないよ」

おばあちゃんは私たちに近づくと、目線を合わせて続けた。

「いいかい、うちのたい焼きはね、人様からお金を頂いて食べてもらっているんだ。
お金を頂く以上、半端なものをお出しすることは許されない。あんたたちが大人になって働くようになったらきっと分かるよ」

「でも、怒鳴って悪かったね。悠人、あんたも偉かったよ。2人ともこっちへおいで」

おばあちゃんは、私とユウちゃんを引き寄せると、膝立ちになってぎゅっと強く抱きしめた。

「これからも、お互いが困ってたら必ず助け合って生きていくんだよ」

「………おばあちゃん」

「なんだい」

「手首がヒリヒリする………」

「え?
………あすか!あんた、手首が真っ赤じゃないか!ほら、冷やすから早くおいで!」


***

「ふじえさん、あすかの火傷よりたい焼きだったな……
まぁ、ふじえさんらしいっちゃらしいけど」

「ふふ、そうだね。だからずっと変わらぬ味が守られてきたんだと思うしね」

冷やすのが遅れたからか、火傷の痕はしっかりと私の左手首でその存在を主張している。

———私とおばあちゃんが本当の家族になった、あの日の証だ。


***

前回の更新から少し間が空いてしまいました💦

第8話は、あすかさんがいろり庵で暮らし始めた頃と、子ども時代の思い出をメインにお届けしました。

今回初めて登場したふじえさんですが、皆様のイメージと合っていたでしょうか?
父親と母親と祖母の一人三役ということで、快活だけれど厳格な人物として描いています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました😊

*「あんこちゃんとクリームくん」作品集


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