【#あんクリ製作委員会】あんクリ小説版/いろり庵のあすかさん-10
今日は火曜日。
週に一度の、いろり庵の定休日だ。
私は開店日と同じ時間に目を覚まし、おばあちゃんの仏壇に向かって手を合わせた。
お休みなのだから寝坊してもいいのだけど、起きる時間が体に染みついてしまっているみたいだ。
誰もいないお店の中は、甘い匂いも静まりかえっている。
お店に立つ時は結ぶ髪も、お休みの日だけは下ろしたまま。
簡単に身支度を済ませると、お決まりのある場所へと向かう。
朝、外に出て歩いていると、通勤や通学の人は増えたように思うのに、商店街は寂れていっているのを感じて、胸がキュッと苦しくなる。
私がここに来たばかりの頃は、もっと賑わっていて活気があったんだけどな。
***
私が毎週火曜日になると来る喫茶ボンは、商店街の一つ角を入ったところにある。
ドアを開けると、カラン、とカウベルの音がして、「いらっしゃい」とマスターが微笑んで迎えてくれる。
紳士なロマンスグレーのマスターは、おばあちゃんの同級生。
昔から今も変わらず、ずっとカウンターに立ち続けている。
私が座るのはいつも、外が見える窓際の席だ。
マスターは、何も言わなくても私が頼むものを知っていて、「おはよう、あすかちゃん。いつもありがとうね」と一言残して水とおしぼりを置くと、サッと厨房へと歩いて行く。
———それから、ほどなくして運ばれてくるモーニングセット。
子どもの頃から、火曜日になるとここでおばあちゃんと一緒にモーニングを食べるのが定番だった。
モーニングならではの厚切りトーストは、ふっくらとしている。
かじるとサクッと軽快な音を立てるけど、奥歯で噛むともっちりと柔らかい。
程良く塗られたバターは、小麦の甘さを引き立てつつ、その味をささやかに主張する。
………たい焼きも食パンも、同じ小麦からできている。
なのに、こんなにも違う食べ物になるなんて本当に不思議だなと、いくつになっても思う。
トーストの横に添えられたサラダは、レタスとトマトだけを使ったシンプルなもの。
テレビで見るような、いろんな野菜が入った色鮮やかなサラダも良いけれど、こういう飾り気のないサラダの方が、食べていてほっとするような気がする。
ハムエッグはちょうど良いくらいの半熟で、黄身を箸で割ると、少しとろっと溶け出てくる。
目玉焼きとハムを一緒に口に運んで、ゆっくりと味わいながら食べる。
こうしてのんびりと朝ごはんを食べる、なんでもないようなひとときが、私の心をじんわりと温めてほぐしてくれるのだ。
モーニングを食べてひと息ついていると、見計らったようなタイミングでマスターがコーヒーを持って来てくれる。
豆に強いこだわりを持ってセレクトしているマスターのコーヒーは、どのお店のものよりも格別に美味しい。
ふと外に目をやると、店先に植えられているハナミズキに赤い実がなっていた。
微かな風に吹かれて、紅葉した葉と共にゆらゆらと揺れている。
大きな窓の向こう側では、カラフルなランドセルを背負った小学生たちが手を繋いで歩いている。
見ているといつも、ハルくんと一緒に通学路を歩いていた光景が頭の中を過ぎる。
———商店街の外、市街地はどんどん開発が進んで住む人も変わっていくけれど、ここだけは、人もお店も時が止まったかのように昔のまま。
だからこそ、おばあちゃんのお店を、味を、私が変わらず守らなければいけないのかもしれない。
そんなことを考えているうち、休みの1日はゆっくり過ぎていく。
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第10話は、あすかさんのお休みをテーマにお届けしました☺️
モーニングで出てくるトーストって、なんであんなにふわふわで美味しいんでしょう……
おうちでは出せないあの味、書いていて無性に喫茶店に行きたくなりました☕️
最後までお読み頂き、ありがとうございました🍀
*「あんこちゃんとクリームくん」作品集