夢のきっかけか、問題解決の材料か。~「その研究は何の役に立つの?」~

「その研究は何の役に立つのか?」
素粒子宇宙系の研究をやっている大学院生である私は、よくこの質問と出会う。素粒子なんて遠い世界の出来事、そんなのが何の役に立つのだろう。そう感じるのもよく分かる。ノーベル賞受賞者の会見でさえ、この質問はよく聞かれる。
答えなんて持っていない。だからもがき続けるし、自分なりの言葉で表現し続ける。
答えなんて持っていない。だから記事にするんだ。同じ悩みを持つ大学生・大学院生や理学部などの基礎科学の学部に進みたい高校生の参考になりますように。

「その研究は何の役に立つのか?」

この質問は、研究の意義を聞いているのではない。質問者の生活と自分の行なっている研究の関係性を聞いているのだ。
基礎科学の研究は、研究の意義の部分は謎の解明などの場合が多く、研究の目的に世の中との関わりは書いていない。工学などの応用研究では、明確に世の中との関わりが書いてある。明確に関係性を説明できるのだから、工学などの応用研究の方が重要だ。実学だ。
そういう社会なのだろう。
基礎科学をやっている大学院生は、この無邪気な質問に押しつぶされそうになる。
そして、何の役に立つのか、必死に回答を探そうとする。

この質問の簡単な回答には、2つのものがある。
A)役に立つ立たないでなく、ロマンだ。
B)いつかは… 今はまだよくわかっていなけど、いつかは役立つ

基礎科学にはロマンがある。宇宙の謎は尽きないし、知れば知るほど宇宙の別の側面が見えてくる。基礎科学と世の中の研究の関係はロマンだ。そういうことも可能だろう。しかし個人的には納得できない。じゃあなぜ、科学系の雑誌は少しずつ減っていくの?
いつかは役に立つ、そういうこともできる。今はこの謎・特徴がわからないから役に立つかなんてよくわからない。でもいつかは…
そして、過去に役に立った例、例えば特殊相対性理論がたまたまGPSに必要な知識だった、とかそういう例をあげるのだろう。

でも、これでは自分がやっていることと世の中の関係性は、霧の中だ。

この質問はチャンスだ。

私がこの類の質問に初めて出会ったのは、大学院生になって研究を始めてから、ではない。大学の理学部に進学する時だ。
農学でもない。工学でもない。医学でもない。では理学は何の役に立つのか?将来後悔する
そんな話だったように思う。
やがてこの質問と出会う機会が増え、今に至る。

でも、この質問はチャンスなのだ。相手が自分の面白いと思うものについて質問してくれたのだから。
だから私は答えを用意したい。一大学院生には難しいことかも知れないけれど。

もがき続けて

最近、工学部の友人と話していて、自然言語処理という機械翻訳系の研究で人文学の知識を応用していることを知った。なるほど、基礎科学の知識が応用研究の材料になるんだ。そう感じた。
これをきっかけに、今まで全く霧の中だったこの質問の答えとしてあるイメージが浮かんだ。そして、一つの記事を書いた。

夢のきっかけとなる知識、開発やアイディアの材料となる知識。これらの知識を増やすことに基礎研究は貢献しているのではないか。

何かの夢をみる。それは、“こんなことができる/できそう”を追い求めること。その夢のきっかけは、いろんな分野の知識を本などの資料から吸収している時に感じる“こんなことができるかも”とか“こんな面白い現象がある”という思いではないだろうか。そのときの資料に書かれている知識はどこから来ているか?その一部は基礎科学由来。全部ではないし、直接来たわけではなくて工学などの応用研究を一度経由したものかも知れないけど。

開発でもアイディアでも、行き詰まった時には本などから知識を得て解決しようとすることはあるだろう。その時に調べる本の中には、基礎研究と関係が深いものがあることだろう。

もちろん、素晴らしいのは夢を追い続けて実現する人であり、何かを開発して世に送り出す人たち。
でも、基礎研究の作り出した知識も時々そのプロセスに貢献している。材料として。

最近、そう考えるようになった。

私の答えは…

「その研究は何の役に立つのか?」
この質問の簡単な回答には、以下のものがある。
A)役に立つ立たないでなく、ロマンだ。
B)いつかは… 今はまだよくわかっていなけど、いつかは役立つ
C)(基礎研究の結果は知識となり、誰かの夢のきっかけや開発・アイディアの材料となるのだ。)

自分の回答はCだ。ただ、()をつけた。それは、証拠がないから。まだ、自分で考えただけだから。これを自分の回答にして行くためには、“こんなことができる/できそう”というのを自分の研究から作り出し、そして誰かの開発やアイディアの材料として供給して行くことが必要だ。

自分の研究が、宇宙素粒子系の研究が、どれだけ日常生活から離れていても、確かにその研究は存在していて、存在する以上何かと関わりを持っている。
そして、研究を続けていれば、その世の中との関わりが発展することもある。
普段の研究では意識しないけど、これって“こんなことができます”とか、“こんなことに関係しています”とか、そういう誰にでもわかる形に加工できるのではないだろうか。

終わりに

「その研究(学問)は何の役に立つのか?」
おそらく、この質問に答えるのはごく一部の人でいい。誰かが代表して答えれば良い。適切な回答を少数の人が作り上げて、実例を示して、それをみんなが引用すればいい。だから私は空いている時間で取り組む。そして、記事にする。
自分なりの言葉で表現し、それを批判してもらい、さらに改良する。そして、より良い回答を作る。そしてより良い答えの記事を見て欲しい。それは、この記事ではないだろうけど。


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