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朗読脚本07_ヤングもアドラーも知らないけれど

題:ユングもアドラーも知らないけれど

改札前で待ち合わせをしていると。

あれは78点。

若い男の声で、その後に堪え切れていない笑い声が続いたので、恐らく連れがいるのだろう。聞こえはしたが、特に反応もしないで私はスマホに目を向けたままにする。

先ほどの点数は、私に向けてだろうか。
だとしたら、自己評価よりは高いのでちょっと嬉しいのだが。

やっぱり気になって。
待ち合わせ相手が来たかな、みたいな小芝居をして、周囲をうかがってみる。
通路の反対側の壁にもたれるようにして、「いかにも」という格好の若いお兄ちゃんが2人。アニメキャラみたいな髪色をしている。
若いというのは・・・いいですねぇ。

気付くと、私のすぐ隣に男性が立っていた。
電話中なようで、周り、もとい隣にいる私には遠慮無しに話し続けている。
多分、私がイヤホンを付けているからだだろう。

話相手が誰かは分からないが、誰を相手取っているにしろ、なかなかのワードセンスを披露している。
のろま、グズ、無能、ゴミ。
どうしてできない。周りに迷惑を掛けるな。できるまでやれ。
会社で上司に言われたら、今のご時世でなくても問題になるような言葉のマシンガン。
相手はきっと、電話の向こうで血塗れになっていることだろう。

やがて男性は電話を切ると、私の視線に気付いたようだ。
驚くほど愛想良く、屈託無く笑ってきた。
私は会釈も愛想笑いもせずに、視線を自分のスマホに戻す。

ビックリした。
うっかり、気付かれるほど視線を向けてしまっていたことにも。
散々他人を傷つけてから、一瞬で他人に笑顔を見せられることも。
あ。でも、目だけはまともに笑ってなかった気がする。
それでも切り替え早くて凄いな。
心の中に、人格のアカウント切り替えボタンでも付いてるのだろうか。

私はスマホに目を戻すが、視界が不意に暗くなる。
もうすっかり慣れた彼女の登場演出。
身長180を越える、私の待ち合わせ相手の登場である。
「遅れてゴメンね」と笑う彼女の笑顔に、私も笑顔を返した。

彼女に笑顔を返しつつ、私は自分の聴力に意識を集中していた。
頼む。気付けと念じると、効果があったのか。

雑踏に紛れて「あれは90点越えるけど、デカ過ぎね?」という若い男の声。
隣の男性を見ると、ちらちらと彼女に目線を配りながら、さりげなく髪をかき上げたりしている。
いいぞ、もっとやれ。

彼女は「こんなうるさい場所で待ち合わせにしてごめんね」と謝ってきた。
とんでもない。私にとっては色んな人がいる場所は、学びが多くて好きなのだ。
それに、どんな言葉も聞こえるだけで、まずありがたい。

ここに来るまで付けていたイヤホンを、彼女が外して鞄にしまう。
私はイヤホンを外さない。
外せない。
私のはそもそも、イヤホンではないから。
これがないと、周りの声も、彼女の声も、さっきまでのように聞き取れなくなってしまう。

「また何か、面白い発見あった?」と彼女が問いかけてくる。
私は、にんまり笑って返した。

外見にコンプレックスがある人って、外見で他人を評価するんだなぁって話。
外面整えていても、内面腐っている人間は笑顔見れば判別できるなぁって話。

それってどっちも私のこと?と不安げに尋ねてくる。
とんでもない。
むしろ逆。
あなたという基準があるからこそ、分かったことですよ。
自分の外見にコンプレックスを持っている彼女は、絶対に他人を傷つけるようなことをしないし許さない。
過去に自分が受けたような仕打ちを、もう誰かに味わって欲しくないからだと、以前、ちょっとだけ照れくさそうに話してくれた。

コンプレックスは誰にだってあるのだろう。
耳が聞こえるようになるまでは、私にもそれがコンプレックスだった。

きっとさっきの、他人を評価するお兄ちゃんは、外見で苦しんだことがあるのだろう。
妄言マシンガンお兄さんは、誰かの言葉に傷ついたことがあるのだろう。

でも彼らは、自分と同じ痛みを周囲に振りまいている。
悪意はないのだと思う。多分。きっと、「世の中はそういう判断基準でできている」って信じているんだと思う。
本当は違うのに。
「人それぞれが、人それぞれの判断基準を持っている」こと、知らないんだと思う。

きっと彼らは、自分が他人にしていること。そっくりやり返されたら、さぞ激高するんだろうな。

そんなことを考えていると、
「今すごく邪悪な顔してるよ?」と言われた。
私は「やっぱり内面は顔に出るんだね」と言って、自己評価百点満点の笑顔を見せた。

終わり。

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