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ヒーリングジャーニー6

毎日ここで文章を書いているととんでもなく浄化作用がある気がしている。
地味だけど、はっきり何とは言えないけれど、ものすごくパワフルな癒しのような作用が私の場合あるらしい。
そういえば、ものごころついた頃から、熱心に何かを書いていた。
当時は落書き帳から広告の裏(片面が白いもの)も家族に、白いのがあったら書くから取っといて!と頼んでおいたのを覚えている。
字が書けるようになるまでは、とにかく絵を描いていた。特に女性、人間を描き続け、いろんな洋服や髪型を着せて、兄弟とかも増えてきて、双子子とか5人兄弟とか名前もつけていて、割と毎回主要人物は決まっていた。春菜っていう長女の名前は覚えている。
そして、必ずバックに家を配置して、太陽を描いたらい、木を描いたり、花を描いたり、箱庭的な世界を多分4、5才で構築していた。
当時の田舎の娯楽なんて、本を読むぐらいと、自然散策なので、5才まで一人っ子だった私は空想が日課だったのだと思う。
中学生になってホルモンバランスに激しく左右されるようになってから、また文章を書きなぐって、自分を支えるということもしている。多分初恋とかもしてたかな。親友が本を乱読する子だったので、もともと好きだった読書が再燃。母は外にお店を出して、ほとんど家に不在。食事も買ってきた弁当を与えられたらり、お腹が空いたら、弟の分も一緒にインスタントラーメンを作ったりして飢えを凌いでいた。
現実は忙しくなると、読書は手を止めなかったが、文章を書く事は止まった。
20代前半で結婚、出産して、30代半ばで離婚。シングルマザーに。
とにかく、ずっと現実と格闘していたし、男性が自分の世界に入ってきてから
文章を書くのはやめたんだな。でも、何か、いつも苦しかったのは覚えている。
そして、コロナがやってきて。私はまた文章を書き始めた。
書かずにいられなかった。書かなければ狂うかとも思った。
文章は私に取って癒し。
文章をやめて、結婚、出産をして、すごく苦しくなってきた時、いろんなセミナーにも顔を出し、自分を探し始めた時、ある有名なサイキックカウンセラーに私はみんなの前で、手をあげて質問をした。
彼は私をまっすぐみて、こう言った。
「あなたは嘘をついています。」
ショックだった。シンプルな言葉は刺されど、自分が何を嘘をついているか当時はわからなかったから。でもその言葉は今でも私の中に残っている。
彼は別の人を指し、
「彼女と後で話をしてください。彼女はあなたと同じように嘘をついています。」
こう続けた。私は遠く離れた席に座っている見ず知らずの彼女をみて、座った。
彼女に話しかけにいかなかった。私は、しっかりと自分を閉じていたのだ。
10年以上経って、自分が嘘をついていたということが受け入れることができる。
それまでの私は、人に合わせ、自分の本音を押し殺し、世間や目の前にいる人にあうように反応し、作り笑いをし、その人が望みそうなことを言ってのけた。
そして慢性的に疲れていた。人にあわせすぎて、いいひとの仮面をかぶっていた私は自分が本当は何を感じているのかすらわからなくなっていた。
だけれど、苦しい。苦しいし、とても疲れてるんだと、外へ外へと情報を取りに逝いていた。なのに、自分をよく見せたい、注目を浴びたい、認められたいという欲求はどんどん大きくなっていった。

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