咀嚼
銀のカトラリーとボーンチャイナの皿が触れ合ってキイキイ鳴っている。酸味のきいたドミグラスソースと、中までしっかり火の通ったひき肉から滴る脂から、立ち上る香りがイェドの鼻腔をくすぐる。イェドの慎ましやかな掌からはみ出すほどの肉の塊を前にして、彼女は湧き上がる食欲を抑え得なかった。
空腹というわけではない。つい一時間前にも昼食をとったばかりだ。しかし、イェドはそれでも目前に並んだ手製のハンバーグステーキを食べずにはいられなかった。
イェドは肉塊を縦に五回、横に一回ナイフを入れて十二等分にすると、一度ナイフを脇へ置き、利き手にフォークを持ち替えて、十二分の一になった肉塊を口に放り込んだ。
途端にイェドは、感極まって嗚咽を漏らした。
肉を噛みしめながら、涙をこぼしてすらいる。
筋組織の一片に至るまで、決して味わわずにはおかないという強固な意志でもって、何度も何度も何度も何度も、イェドは肉を噛んだ。
結局、イェドがその十二分の一の肉塊を嚥下するまでに、たっぷり十分は時間がかかった。しかし彼女は残りの肉塊があらかた冷めてしまったのを見ても残念がることもなく、あまつさえ当初の歓喜を少しも喪わないままに、次の十二分の一の咀嚼に取り掛かった。
イェドの様子を向かいの席で眺めていた赤毛のアンドレアは、頬杖を突いたまま尋ねた。
「うまいの?」
イェドはまだ口の中に肉片が残っていたので口を開けずあたふたとしている。なんとかジェスチュアで『ちょっと待って』とアンドレアに伝え、小ぶりな口を精一杯すばやく動かして、肉を飲み込んだ。
「ごめん、あたし、千回は噛むって決めてるから……」
「いいけど。で、うまい?」
イェドは逡巡し、はにかんで答えた。
「美味しいとか、美味しくないとか、あたしその、そんなにわかんないんだ。でも、うん、すっごく美味しかったと思うよ。でも本当に大事なのは、アンドレアだってこと……アンドレアだから、こんなにうれしいんだ、あたし、わかる? 愛してんだ、アンドレア……」
イェドの鳶色の瞳が再び涙に濡れるのを見て、アンドレアは赤面した。
俯いたアンドレアの顔を、たっぶりとした赤毛が隠す。アンドレアは言った。
「イェド、こっち来て、抱き上げて、私、イェドがいなくちゃもう立てもしないのよ」
羽化したばかりの蝉の羽みたいな下着だけを身に着けたアンドレアは、両腕を広げてイェドを誘う。妖婦の如きアンドレアは、両脚が付け根から切り落とされているせいで、椅子の上でふらふらとして危なっかしい。
その切断面を覆う包帯は、おろしたてのハンカチのようにまっさらだった。
我が家のねこのごはんが豪華になります