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僕は異国で髪を切る

僕は、夜の街を歩いていた。

埃っぽい街で、特別予定もなく、夜道をほっつき歩いては、人を眺め、騒音に耳を澄まし、灯りのある方へ、音のする方へと歩を進めていた。


その男は、後ろのガラス壁を背にして、物思いに耽っていたご様子。

不意に目の前に現れた、東洋人の男に少し驚きの顔を見せたあと、何を思ったか手招きをして自らの店へと誘った。


僕は、比較的警戒心の強い方であり、人見知りであり、面倒なことが何より嫌いである。

理由はないけれど、気がつくと後に従って店に入っていた。

そこには、1人の少年が、大きな硝子の前に座り、従業員だと思われる男に髪の毛を整えてもらっているようだった。

そうか、ここは理髪店であるのか。と、その時やっと気がついた。

僕を店に誘った、店の店主と思われる男は、自国の言葉でなにやら話しかけてくる。

無論、それは分からない。しかし、お互いに気を許した様な笑顔である。
どうやら、椅子に座って髪を切らないか?と、勧めてくれている様だ。

小さな理髪店の様相をしている、この内装であれば、そんなに高くはならないだろうと高を括って、OK。と頷き、椅子に腰掛ける。

隣の少年は、すでに事が済んだ様で、従業員の男性とともに東洋人の髪を切られる様を眺めている。

店主の男は、ここら辺をこういう風に切るからな。と、提案してくれるので、もう、どうにでもしてくれと頷く。

何やら、店全体が楽しげな様子に僕の頬も緩む。白い布を首元に巻かれ、例のビニールのアレを被ってしまう。

鏡を見ながら微笑む、4人の男。

店主の男は、手早くそして正確に僕の砂に塗れた髪にハサミを入れていく。

その真剣な様子に、皆おし黙る。

心なしか襟足が涼しくなったころ、ハサミを降ろした店主は、どうだい?といった様子で、従業員の男をふりかえる。

僕自身としては、もう少し前髪の方も切ってもらいたかったのだが、それを伝えるのも何か悪気がする。

いいじゃないか。と従業員男が頷くことを確認して、満足げに店主の男の笑い顔が鏡ごしに僕に向けられる。

シュクラン。と、その国で唯一私が喋れる言葉を告げると、皆驚きそして厚い手で握手を求められる。全員と握手をした後に、財布を出して幾ら払うべきかを問う。

すると、不思議な顔をして、店主の男が従業員の男と顔を合わせる。

そして、大きく手を被り、ノーノーと言うである。

え、もしかして手元にある、このキャノンのカメラでもよこせと言うのであろうかと、戦々恐々と事態を見守ると、店主の男は、遠く東洋の端から来てくれた事が嬉しい。

だから、お金は要らない。僕の好意でやった事だ。と、言っている様な気がする。

もちろん、それは嬉しいが、タダで髪を切ってもらっても良いものだろうか。。。と言う顔で僕は応答する。

すると、店主のおじさんの胸が僕の顔面に迫る。

ハグをされていた。

充分だ、この時間が楽しかった。と、その胸は言ってくれている様な気がした。

それでは、お茶でも奢るからと言っては見るが、仕事があるからと断られる。(きっと嘘だ客など来やしない。)

何度も、何度も、シュクラン。と言う言葉を繰り返し、僕は再び街の雑踏の中へ戻った。


もう、ニュースでも登場しなくなった歴史あるその街は、大量破壊兵器があると言う濡れ衣を被ったまま破壊され、蹂躙され、たくさんの人も亡くなった。僕が、彼らの無事を知るすべは無いが、写真は今でも大事にここにある。

何もできなかったし、何もできないが、僕は、旅先の国で、何かを残せる様に髪を切っている。無論、お金はきちんと払う。


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