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憧れと信頼の書

DEAN & DELUCA MAGAZINE
を東京に居るうちに手に入れたかった。

ちょうど、小動物が木の実を集めるのと同じように、
山陰での冬を乗り切るには、良質な書物の入手が必要不可欠だからだ。

それは、思い付きで手に入るものではなく、既に1軒目に飛び込んだDEAN & DELUCA のカフェでは、取り扱いがないとフラれていた。

私の情報収集力の詰めの甘さは、大抵こういった事態を招く。

六本木で逢う予定にしている友人との約束までに、取り扱いがあると聞いたDEAN & DELUCAのショップに寄ろうと適当な計画を拵え、銀座の蔦屋書店に向かう。

東京で空いた時間のほとんどは、本屋さんに行くことにしている。
特別買い物にも熱心ではなく、情熱的にグルメでもない私が、人に逢いに行くこと以外に思いつくことがそれくらいしかない。

当然、銀座を歩くことなんて滅多にないので、名前を聞いたことがある百貨店や、ブランド店のビルにいちいち関心をしながら、歩いて行くことになる。でも、もう既にどんなビルが並んでいたかを思い出せない。

お目当の真新しい商業ビルのフロントに鎮座する、謎な展示物がいかにも煌びやかで、山間の朝晩に耐えられるように着込んで家を出たために、着膨れをしてずんぐりむっくな自分が入っても良いのかと考えてしまう。自動ドアに映る自分と目が合わないよう気をつけて、エントランスをくぐる。
恐らく、あの置物は良識な人間であることを問う番犬ケルベロスの役割を担っているのだと思う。

可能な限り、お買い物中の高貴な皆様のご迷惑にならないように一目散に目的フロアへ身柄を移す。そこら辺の良識は私にも一応ある。

1フロアに展開されている本は、アート関連の選書が多く、洋書も多くある。さすがディスプレイの仕方もスタイリッシュだ。さすが、東京、銀座である。
エマ・ワトソンが表紙を飾っている雑誌以外を手に取ることもなく、人文系の本が優に10倍、きちんと静かに展開してあった、昨日の丸善書店東京駅店が恋しくなってくるのだから勝手なものだ。(約束の時間ギリギリまで粘るつもりで本を見ていたら、うっかりギリギリを過ぎており結局遅刻をしてしまった。)

よし、こうなったら友人が働く出版社の雑誌を買うのだ。と、目的を持ってライフスタイル提案雑誌の売り場を歩く。
あれあれ、ちょっと待てよ。平積みにされた、それらの中に、ビニールにかかったDEAN & DELUCA MAGAZINEがあるではないか。

待ち合わせに早めについて、色々考え事しようかと思っていたら、待ち合わせをしていた友達も早めに着いて、喋る頭に準備してなかったが為に口ごもった対応しかできないと踏んで、気持ちを整える為に無駄にキオスクまで歩いてから、その場に向かうといったことが誰にでもあると思うけれど、それと一緒で、立ち止まらずに通り過ぎ、その先のアートな写真展示場まで意味もなく歩いた。

目の前にあった、アート写真の本をめくったのだけど、それがヌード写真も含んだ写真集で、後ろを歩く、友達親子と評されるであろう綺麗な女性達の視線が気になり、すぐに閉じた。

動揺に動揺を重ねながら、もう一度確かめるだけだからと自分に言い聞かせて先ほどの棚まで行ってみる。向こうから微笑みかけてくるエマ・ワトソンをちらりと見て、自分が正常であることを確かめる。相変わらず、可愛い。

売り場について、目視確認、間違いない。DEAN & DELUCA MAGAZINEだ。
ついつい、気に入った本は一番上を避け、下から取ってしまう癖がある。
(強調して付け加えておくと、無論、賞味期限がある生鮮食品は逆に前から取る派である。)
雑誌には珍しく、ビニールにラッピングがされてあり、中が試し見できないところに好感度がある。わぁ、とは言わないけれども、思いながら、手にとって、眺める。
手にしてしまえば、すぐに中身が見たくなるのが、欲深い人間の性である。

会計コーナーを探して、案内表示に忠実に従ってフロアを1周。
もたもたと、会計を済ませる。電子決済までたどり着けない自分を呪う。
小銭入れと財布は別にしているので、毎回、お釣りとレシートを一緒に渡されていつまでもレジの前であたふたとしている。まったく、迷惑な客だ。

このフロアに到着したときから、気がついていたのだが蔦屋書店と仲良しのスターバックスが隣にある。
DEAN & DELUCAカフェじゃなくて、なんだか悪い気がしたのだけど、私はそのとき、あろうことかリュックの半分に、頂き物のレッドムーンという馬鈴薯(北海道産)と、サンフジの葉取らず林檎(青森産)を担いで歩き回っており、できれば、一度荷を下ろすことを肩と背中が訴えていて、昨日の夜以来何も消化できていない胃もまたそれに同意をしていたので、いそいそとフロア内を並行移動。

マイタンブラーにドリップコーヒーを入れてもらって、普段は絶対に口にしないであろうシナモンロールを温めてもらって、銀座だからな。と愚の骨頂のような言い訳をしながら席に着く。
ところで、シナモンロールにナイフとフォークがついて来たのだけど、シナモンロールをナイフとフォークで正しく食べる方法って一般的に知られているの?
私は、あのグルグルを側から順にはがしながら、小さく切りわけて食べたのだけど。
どなたかお詳しい方は、ご教示頂ければ幸いです。
一通りシナモンロールを片付けて、コーヒーを半分まで飲んだところで、トレーを横に押しやり、丁度本が置けるスペースを整える。
おもむろにビニールシートを取り、息をのんでページを開く、オーソドックスに1ページ目の左上から目を通す。

案内文をゆっくり読むと、もう、満ち足りた。

正直に白状すれば、DEAN & DELUCAで買い物をしたことがほとんどない。
カフェでお茶したことも、1度しかない。(男同士で行った。楽しかった。)
トートバックは友人がつくってくれたものを持ち歩いているし、タンブラーは何年もpatagoniaのモノを使っている。
恥ずかしながら、ディーンとデルーカさんが創業者であることもこのマガジンで知った。
そんな人間である。が、文字を綴ったこのマガジンは欲しかった。
一種の憧れと信頼を求めていたのである。それが感じられた。十分だった。

まじまじとページを眺めていると、私の席の前に影が過った。
顔をあげると、目の前に植えてある植物から花びらが重力に従って落ちてきたのだ。
造花ではなく、本物の木なのか、これ。

、思ったのもつかの間、どうして、こんなに動機が激しく頭がぼんやりしてきたのかがわかった。

そうか、私は息をのんだままだったのか。

腕時計に目をやり、タンブラーを手繰ってコーヒーの半分を飲み干す。

次の約束の場所まで、頂き物で重くなったリュックを担いで小走りで行くことになった。


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