魔女、前夜。

 黒猫を、飼いたかったんだよね。
 どうして、って?
 黒猫は魔女の使い、とか、ゆーじゃん。
 あたしアホの子だったから、黒猫飼えば魔女になれるんかなーってさぁ。
 いやだから解ってるってば、そーゆーんじゃないってことは。
 魔女どうこうはおいといて、とにかく……なんだろ、黒猫飼いたいなーだけが、頭の隅っこにずうっと引っ掛かってる感じで。残ってて。

 それでさ。

 ダンボールで足踏ん張って、必死になって声を上げるキミを見つけたときは、先のことなんて考えてなかったわけさ。よく考えたらペット禁止のアパートなのにねー。
 やっぱあたしアホの子なんだよ、うん。
 でもしょーがないじゃん、だってさ、出会っちゃったんだもん。
 キミに。


 彼女はそう言って、ボクのおでこにそのつるんとしたおでこをくっつけて、すりすりすりってした。
 ふうん。そっかあ。……ふうん。
 未だに、黒猫が魔女の使いだなんて考えるニンゲンがいるなんて、ねぇ?


 魔女になれたら、どうするか、って?
 ……そんなん、考えたことない。
 だけど、そーだなぁ。
 もしも魔女になれるなら。
 あたしは、みんながしあわせになれることに、魔法を使いたい。
 だって魔女って、なんでかめっちゃワルモノってイメージでしょ。それを、変えたい。いいじゃん、夢くらい見たってさ。
 ……さ、明日も仕事だ、もー寝なくっちゃ。キミといっしょに住める部屋も探さなくちゃね。いい部屋、見つかるといいな。
 じゃね、おやすみ、また明日。


 ……ほどなく彼女の呼吸は、規則正しい寝息へと変わった。ボクは大きくあくびをしてから彼女の寝顔を見下ろした。
 ──もうそんなのとっくに、忘れ去られたと思ってた。ボクは何度も『黒猫』として生まれ変わってきたけれど、こんな話を持ち出して来たのは、何年ぶりかも解らないくらい久しぶりだ。つるんとしたおでこに鼻でキスをする。そこからぽわっとほのかな金色の光がさわさわさわとひろがって、やがて彼女の全身を包んだ。
 朝になって彼女が目覚めたら、最初になんて声をかけようか。
 キミの望みは叶ったよ──?
 今日からキミも魔女の仲間入りだよ──?
 それとも、おめでとう──?
 考えているうちに眠くなって、もう一度ボクは大きくあくびをしてから彼女の懐にもぐりこんだ。

* * * * *

 おはよ。よく眠れた? ボク、お腹すいたんだけどな?

「おはよー。早いねえ」

 彼女は寝ぼけ眼でボクにすりすりすりってしてから、するんとベッドを抜け出した。あれ? 気づいてない? 慌てて彼女を追いかける。のんびりした様子でキッチンをうろうろする彼女の足許に絡み付いて、今朝はいい天気だよとかあさごはんはなにとか昨夜寝言言ってたよとか話しかけてみたけど彼女は、当たり前みたいな口調でボクに答える。思いきってカウンターキッチンに飛び上がったら彼女は、ハナウタ交じりにご機嫌ではっぱを千切ってる。ボクは大袈裟にため息をついてからじとりと彼女を睨み付ける。

 ねえ、ボクのごはんまだ?

 ぴたり、と彼女の動きが止まった。
 ぽかんと開いたままだった口が少し震えながらゆっくり動き始めてボクは、わくわくしながら彼女のことばを待った。

 
 

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